我孫子武丸 『狩人は都を駆ける』

狩人は都を駆ける
京都で探偵を営む主人公の元に、同じビルに動物病院を構える沢田から依頼が持ち込まれます。ロクな説明も無しに沢田の紹介してきた依頼人の老女に会いに行った主人公への依頼は、老女が飼っていたドーベルマンの誘拐事件の身代金の受け渡しでした。(『狩人は都を駆ける』)
主人公の事務所を訪れたホステスの女は、近所で猫が殺される事件が起こっているので、期限付きでもいいから調べて欲しいと言ってきます。野良猫ばかりか、依頼人と同じマンションに住む雄のアメリカンショートヘアまでが惨殺されるこの事件の犯人とは。(『野良猫嫌い』)
ドッグショーに出るというシーズーの警護をして欲しいという依頼人にうんざりしつつも、このところ仕事が少なくて困っていた主人公はこの依頼を受けることにします。"出場をとりやめろ"という脅迫状を出した人間を絞りきれないままショーの当日を迎えた主人公ですが…。(『狙われたヴィスコンティ』)
主人公が事務所を構える雑居ビルの地下にあるバーの従業員の野口から、彼の知り合いの女性の猫を探して欲しいという依頼を仲介され、主人公は調査を開始します。ですが、ミーコというチャトラの猫のほかにメスのアメショーのマロン、三毛猫のミケが近所から同時期にいなくなったことと、箱を積み込む不審な白いワゴン車が目撃されたことで、猫さらい業者の暗躍疑惑が浮上してきます。(『失踪』)
雨の晩に車で黒猫に怪我をさせてしまった主人公は、何とか助かったその猫の飼い猫探しを始めます。(『黒い毛皮の女』)


 どこかお人好しであまり儲かっていない探偵を主人公にした、ハードボイルド短編集。
 もっとも、ハードボイルドといっても、主人公がお人好しであるがために、どこかパーネル・ホールの探偵シリーズと重なるような雰囲気のある、ライトな作品集。
 その意味では我孫子武丸独特のアクの強さも抑えられており、非常に読みやすい1冊であると言うことは出来るでしょう。
 さらに主人公以外の登場人物も、レギュラーである獣医の沢田やあまり使えない臨時アルバイトの板東をはじめ、各回に登場する人物達も良い意味で癖の強い登場人物が揃っており、上質なエンターテインメントを形成しています。
 その一方で展開によっては陰惨な部分もクローズアップされますし、事件は単にペットの出てくるほのぼのとしたコージーものという範疇には収まりません。
 ミステリ的な観点から言えば、真相に至る手掛かりは決して十分では無いといわざるを得ない部分も皆無ではありませんが、主人公の推理によって結末が導かれていますし、人物造詣の良さや会話や展開のテンポの良さから、少しライトなハードボイルドものとして楽しむ要素は大きいと言えるでしょう。
 シリーズとして、今後の続刊に期待が膨らむ1冊でした。