道尾秀介 『ラットマン』

ラットマン
 子ども時代に姉の「事故死」を強烈に刻み込まれた姫川は、長年の疑惑を心に秘めたまま大人になります。そして、姫川が高校時代の仲間と14年間も続けていたアマチュアロックバンドメンバーでもあった恋人のひかりはバンドを辞め、後任はその妹の桂に変わり、姫川とひかりの関係には微妙な齟齬が起こりはじめています。そんな中スタジオでの練習中に起こった「事故」で、姫川は自分の姉の死とそれに関わった父の最期を思い起こします。

 ホラーという入り口から入った著者だからこその人間の心理への深い踏み込みが、鮮やかな「絵」で描かれる作品。主人公姫川の姉と父の死への回想と、現在の人間模様が重なり合い、巧みに配置されたレッドヘリングによって真相が反転する様子は実に見事。
 さらに、亡き姉に対する姫川の思いと実の母親との空虚な関係が、桂が姉のひかりに対して抱くものと違和感なく重なり、「どうせ物真似バンドなんだから」、模倣、コピー、といった繰り返し現れるキーワードによって姫川や桂の心理が一層浮き彫りにされるあたり、本作は高度な手法が生きている類稀な作品であると言えるでしょう。
 二つの事件が救いのない真相を予感させて重なりを見せることで、著者は悲劇へと突き進むしかない登場人物の心理を描き出します。同時に結末においては、優しさに裏打ちされた愚かさを持つ人間を描くことで、登場人物と物語を救済する絶妙のバランスが成り立っていると言えるでしょう。
 本格ミステリの粋を極めた手法を用いるからこそ描き得た「人間」という意味でも、非常に高く評価出来る作品。