三津田信三 『山魔の如き嗤うもの』

山魔の如き嗤うもの (ミステリー・リーグ)

 父や兄との確執を持ったまま大人になり、東京で教職についた郷木靖美(のぶよし)が、わだかまりを持ちながらも祖母を想って実家での慣習に従い、遅ればせながら成人の儀式に臨むことになります。そして成人参りと称されるその儀礼の最中に「忌み山」である場所へと知らず迷い込んでしまった靖美は幾つもの怪異に遭った後、山に住み着いている一家の家に辿り着きます。ですが、そこで一晩世話になり朝になって靖美が目覚めると、今まで家族がそこにいたかのように朝食の支度が整っているにも関わらず、内側から閂が掛かった家の中には誰もいませんでした。忌み山での怖ろしい体験から変調をきたした靖美は手記をしたためて、怪奇蒐集作家で図らずも探偵として幾つもの怪事件を解決した刀城言耶へとその手記を送ります。

 「忌み山」で起こる怪異と、マリーセレスト号のような人間消失。密室。顔を焼かれた死体で始まる童謡の見立て殺人。これらの本格ミステリと怪異のガジェットが冒頭からバランス良く配置されつつ、事件は展開して行きます。
 本格ミステリとホラーの要素の配合具合という点では、本シリーズは明らかに本格ミステリ寄りに位置していますが、既刊の4冊の中でも本作は、謎を現実レベルに解体をするミステリ要素とのバランスの調和が取れていると言うことが出来るでしょう。その意味で、「何か禍々しい物がすぐそこの闇にいる」という濃密なホラーの空気は薄いものの、ミステリとして謎の破綻のなさとホラー要素との融合は上手くいっている作品。
 本書でとかれる謎は、言ってみれば京極夏彦のシリーズにおける「憑き物落とし」とまさしく同じものであり、作中でも探偵のそのスタンスには言及されます。

「この世の全ての出来事を人間の理知だけで解釈できると断じるのは、人としての驕りである。かといって安易に不可解な現象そのものを受け入れてしまうのは、人としてあまりにも情けない」(p114)

 こうした刀城言耶の「探偵」としてのスタンスが、彼の生い立ちからくる父親とのわだかまりの一部によって形成されている部分も、本作においては大きく左右しており、探偵の個性を掘り下げたという意味では、シリーズとしての成熟化を見ることも出来るでしょう。
 刀城言耶の言葉として冒頭に記されるように、本作において探偵は、事件に関わる何人もの重要とは直接の接触をほとんど持たない中で連続殺人は進められていきます。そのために、探偵と事件との間には何か薄い膜がかかったかのような断絶はありますが、本作は決して安楽椅子探偵物ではなく、あくまでも探偵はリアルタイムで事件の起こる現場にいる「異分子」として機能します。
 事件の中心にいる人物との直接の関わりが薄いという意味で、本作においては読者と探偵の立ち居地が近くなっており、読者が作品世界へよりスムーズに入り込む要因としても大きく作用していると言えます。
 総じて本作も高いレベルで謎の提示とその解明・推理の崩壊と再構築の繰り返しの過程が描かれており、衝撃度では前作に一歩遅れを取りながらも上質なミステリとしての高い評価の出来るものでしょう。