西澤保彦 『謎亭論処 匠千暁の事件簿』

謎亭論処―匠千暁の事件簿 (祥伝社文庫 に 5-3)
同じ大学に通い、飲んだくれの辺見祐輔ことボアン先輩の周囲に集まった4人組みが活躍する、いわゆるタック&タカチシリーズの短編集。
卒業後教師となって女子校に赴任したボアン先輩が、気付けばテストの答案を盗まれ、さらには自分の車まで盗まれますが、それにはどうも同僚の女性教員が関わっている節がありました(『盗まれる答案用紙の問題』)。
大学の知人の女性がマンションの家賃の督促状を貰いますが、それは彼女には身に覚えの無いものでした。さらにはその督促状の差出人は、マンションの持ち主である女性の夫の名前が記されています。タックやタカチを交え、四人が推理したことの真相とは(『見知らぬ督促状の問題』)。
ボアン先輩が受け持つクラスで、他の人間を嫌な気持ちにさせることに喜びを見い出すような困った性格を持つ女生徒が欠席していました。そのクラスの生徒達の上履きが盗まれるという不可思議な出来事の裏では、一体何が起こっていたのか(『消えた上履きの問題』)。
結婚したウサコの夫が、「女性のものの考えかたに関して聞いてみたい」と、ある事件のあらましを彼女に訊いてきます。それによれば、ある時一方的に婚約を解消した女が二年ほど経って、かつての婚約者の男性と彼が現在付き合っている女性に対し、自分と会って欲しいと連絡を寄越したものの、約束の時間に現れなかった彼女が盗難車の中で無理心中と思われる状況で死体となって発見されたとのこと。この女性の真意とは(『呼び出された婚約者の問題』)。
ボアン先輩のクラスの生徒が遭遇した、電車の中でその土地やそこに住む人間を悪し様に罵り、周囲に不快感を与えた二人組が、実は一年前にも同じ行動を取っており、さらにとんでもない事件を起こしていたことが分かります。この二人の行動の意味とは(『懲りない無礼者の問題』)。
母親と同居している娘夫婦の家で、その母親が殺されて発見されます。事件当夜、被害者とともに家にいたのはこの娘夫婦で、二人は母親に睡眠薬を飲まされたと主張しますが…(『閉じ込められる容疑者の問題』)。
ウサコが家庭教師をしていた少女に、切手も貼られてあとは宛名を書いて投函するだけになった「不幸の手紙」が届きます。誰か最も不幸になって欲しい人間に出せと1枚だけ葉書が同封されていたその「不幸の手紙」は、少女のクラス全員に届いていたといいますが…(『印字された不幸の手紙の問題』)。
タックとタカチとウサコがボアン先輩に連れられてやって来た家は、先輩がかつて付き合っていた女性のもの。ただしこの女性は、自分が結婚していることを伏せていたのだと言います。別れる際にこじれた腹いせに、彼女と夫が留守の間に大量の酒を注文してこの家に上がりこんだボアン先輩ですが、一連の出来事には不審な点が幾つかありました(『新・麦酒の家の問題』)。

 時系列がバラバラであると同時に『スコッチ・ゲーム』や『依存』の展開を匂わせる部分があったりするので、出来れば既刊のシリーズ作品を読んだ上で読みたい作品集。
 ただし各短編には登場人物以外の面でのつながりはありませんし、物的証拠を要さずに論理的な推理のみで展開されるというシリーズの形式を踏襲しているので、各作品とも完全に独立した良質の短編として楽しめます。
 さらには、その裏付けのない推理によって紐解かれた真相というのは決して後味の良くないものもあり、その完全な結末を見せないままどこか嫌な余韻を読者に丸投げするという、ある意味著者らしい(良い意味での)嫌らしさを見せる部分も本作には含まれます。
 シリーズの長編においては、タックやタカチという人物の心理面に重点が置かれて展開されてきましたが、短編ではその関係性を覗かせつつも、あくまでも論理のアクロバティックこそに重きが置かれていると言えるでしょう。
 『麦酒の家の冒険』についても同じことは言えましたが、物的証拠や裏付け無しで展開されるという部分に若干の強引さはあるものの、純粋な論理のみによって解き明かされる議論の過程の楽しみがそこにはあります。
 そろそろ『依存』のその後を読みたい気もしますが、その辺はどうなんでしょう。