海堂尊 『ひかりの剣』

ひかりの剣
 東城大学医学部の速水と帝華大学医学部の清川は、大会で過去に一度対戦しており、その時は速水に軍配が上がっていました。同じ相手に二度負けたくないという清川と、ただひたすら勝利を掴もうと邁進する速水は、東日本の医学部の剣道大会の優勝旗である医鷲旗を巡って対決の時に備えます。そしてこの、「東城大の虎」速水晃一と「華大の伏龍」清川吾郎との対戦の舞台のお膳立ては、その年に帝華大から東城大へと移籍した高階によって整えられ、後に「伝説」と語り継がれる闘いが幕を上げることになります。

 チーム・バチスタのシリーズの「ジェネラル・ルージュ」速水と、「ジーン・ワルツ」に登場した準教授清川の学生時代、まだ医者としての方向性も定まる以前の物語。一連のシリーズの時間軸としては、『ブラック・ペアン1988』とほぼ同時進行であり、本作の裏では医師としての高階が、東城大の外科で激震を巻き起こしています。
 本作ではブラック・ペアン時代のまだ「青い」高階が物語のキーマンであり、彼の作為によって二人の主人公は剣士として、さらには後に医師として大成するための方向性を植えつけられることになります。
 こうしたシリーズ全体と繋がる物語の背後関係を通して、80年代末という時代、日本の医療の問題が顕在化する今日への道筋が、既に見え始めていることも本作では描かれます。そしてこの『ひかりの剣』は、後に医師として名を成し、医師不足や救急医療、産婦人科医療の問題などに対峙しなくてはならなくなる二人の主人公が、自身の方向性を確立する物語でもあります。
 シリーズ本編での、文字通り命のやり取りをする緊迫感に比べればぬるい部分もありますし、若干シリーズ本体で築き上げた作品のパワーに頼っている部分はあるものの、海堂作品の登場人物に魅力を覚えるならば必読と言えるかも知れません。
 本作を単体で見るならば、二人の突出した素質と才能を秘めた剣士が戦う舞台づくりが冒頭から終盤までひたすら行なわれており、「伝説」となる戦いのために徹底した演出が為されていると言えるでしょう。
 その一つ一つの準備過程すらがエキサイティングであり、ターニング・ポイントの配置の上手さなど、著者の卓越したストーリーテリングが見て取れる作品と言えるでしょう。