恒川光太郎 『草祭』

草祭
■クラスメイトの椎野春が失踪し、その父親から春の居場所の心当たりを尋ねられた雄也は、小学生の頃に春と二人で迷い込んだことのある「けものはら」のことを思い出します(『けものはら』)。
■屋根から突然現れた少年タカヒロに会った美和は、幾度か彼に会ううちに、タカヒロがその地区の守り神のような存在であることを知らされます。尾根崎地区の屋根猩猩とは…(『屋根猩猩』)。
■山奥で叔父と暮らし、毒や薬の調合の知識を学んだ子どもは、ある時自身の作った毒で叔父を殺してしまいます。たまたま通りかかったリンドウという僧侶に連れられ里に下りた子どもは「テン」と名付けられて彼の家族と暮らし始めますが、振りかかった災いの中で、かつて叔父が口にしたオロチバナという花からできる「クサナギ」という秘薬を作ることになってしまいます(『くさゆめものがたり』)。
■父親に嫌悪感を覚える少女は、町で出会った双子に連れられて、不思議な家に案内されます。そこで彼女は、「クトキ」をするために、「天化」という不思議なゲームをすることになりますが…(『天化の宿』)。
■香奈枝が、長船さんという初老の男性の語る、彼の故郷の美奥という土地に心引かれ、長船さんの語る物語をノートに書き溜めます。そして長船さんが作ったという不思議な町へと連れて行かれる香奈枝ですが…(『朝の朧町』)。

 美奥という架空の土地を舞台にした連作短編集。
 前作まであった独特の暗さやその世界の濃密な空気感というのは若干薄れている気もしますが、その分本作では、美奥という土地が「どこかにあるような」、あるいは「どこかにあったような」近しい異界として描かれます。
 各作品は美奥という土地、そして登場する人物たちの連鎖の上に存在しており、1作読むごとに町の地図が書き込まれるかのような世界観の広がりのあるものとなっています。
 異形のものたちが人のすぐ隣に生活する異界への入り口があり、そこでそうした不可思議なものたちを昔からの隣人として受入れている人の住む土地、美奥。おぞましいものはおぞましいものとして確かに存在するにも関わらず、著者の描く世界はどこかノスタルジックで優しさと哀しさに満ちたものになっています。
 これらの世界は、著者がずっと書き続けてきた作品同様に、日本人だからこそ生み出せる、そして日本人だからこそノスタルジーを感じる空気を持った異界であると言えるでしょう。