北山猛邦 『踊るジョーカー』

踊るジョーカー―名探偵 音野順の事件簿
 散乱するトランプの散らばる密室で、今まさに息絶えようとする被害者を刺したのは誰か。資産家の屋敷で、大した価値もないアナログ時計ばかりが盗まれる謎。死の寸前に金庫のナンバーをダイイング・メッセージに残したと思われる被害者の撮ったポラロイド写真の謎。大学の研究室で、女子生徒が配ったバレンタインチョコの中に、ひとつだけ毒が入っていたが、その毒は何者がいつ混入させ、そして誰を狙ったのか。ゆきだるまに殺されたとしか思えない男を殺害したのは誰か。これらの事件に、作家の白瀬は、名探偵だけれどもひきこもりで気弱な音野を、「名探偵」として半ば無理矢理に引っ張り出します。

 大掛かりな物理トリックを得意とし、そのトリックのための世界構築までをもしてしまうこれまでの北山作品と比較すれば、本作は小粒なミステリ。
 ですが小粒とはいえ、著者の得意な物理トリックは各話見事に決まっていますし、何となくつかみ所のない漫画的な登場人物も、ひきこもり探偵という役柄にはピッタリで、個人的にはかなり好感の持てる短編集でした。
 表題作の『踊るジョーカー』は、シリーズの幕開けと本書の看板を飾るに相応しく、いわゆるバカミス的なトリックを堂々と使いながらも、そのトリックを成立させる為の「状況作り」が、『少年検閲官』などのこれまでの作品における「トリックのための世界構築」にあたるという意味でも、著者の良さが出ている作風と言えるでしょう。
 キャラクター小説としての要素も良い意味で強く、リーダビリティの高さ、小粒ながらも著者らしい冴えのある物理トリックの面白さなど、安定した水準で読める短編集。続編を期待します。