スティーグ・ラーソン 『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 上下』

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 上ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 下
 経済誌「ミレニアム」の発行責任者であるミカエルは、ひょんなことから大物実業家のヴェンネルストレムが違法行為をしているという情報を得ることになります。そして自らの雑誌「ミレニアム」にその告発記事を掲載しますが、周到なヴェンネルストレム側の工作により、名誉毀損で訴訟を起こされて有罪となってしまいます。そんなミカエルに、ヴァンゲル・グループの前会長であった老人、ヘンリック・ヴァンゲルがある仕事を頼みたいとコンタクトを取って来ます。ヘンリックは、40年ほど前に失踪した、当時16歳だった一族の少女ハリエットが何者かに殺害されたと考えているのだといいます。ヘンリックはヴァンゲル一族の家族史の執筆を隠れ蓑に、ミカエルにこの事件を再調査して欲しいのだと、幾つかの報酬を提示してきます。やがて、過去の事件の膨大な資料と当時を知る人々の聞き込みから事件の糸を手繰るミカエルと、ヘンリックからの依頼でミカエルを調査した女性調査員のリスベットの二人が出会い、ハリエットの失踪の裏には陰惨な事件が潜んでいることが分かり始めます。

 上巻では裁判に負けたミカエルがジャーナリストとしての表舞台から姿を隠し、ヘンリックの依頼に手をつけ始めるまで、そして何やら過去に事情を持つらしいリスベットのパートが、微妙に交わるようで交わらないままに、それぞれのキャラクターの掘り下げと事実の解明の過程が丁寧に描かれます。
 そしてそれまでは各々で自分の目の前にある問題に対処していたミカエルとリスベットの二人が出会う下巻になると、物語は一気にスピードを増します。環境も何もかもまるで異なった二人はしかし、同じレベルで物事を考えることが出来、互いに刺激を与え合います。そして失踪前にハリエットが残したと思われる暗号めいたメモの意味が明らかになり始めると、物語はそこから一気にミステリの度合いが深まります。
 ここで特筆すべきは、ミカエルとリスベットのよって見つけ出された詳細な根拠を土台としているために、二人の推理と謎解きの過程が実にリアルに説得力を持っているということでしょう。犯罪の猟奇性や犯人の異常性を描く時、多くの作品においてはこれまでに散々手垢の付いたプロファイリング的な手法による捜査や推理に力点を置くあまり、心理的な理屈はそれなりについているものの、実際的な部分でのリアリティでは些か弱い面が指摘できる可能性も皆無ではないでしょう。その点で本作は、物語中の過去の記録や事実を「目に見える証拠」として確実に提示している点で、読者に対する強い説得力を持っていると言えるでしょう。
 本作においても一つ一つの要素だけを取り上げるならば、ハリエットの失踪事件にしろ、殺人事件にしろ、または一人のジャーナリストが対峙する大企業の暗部を暴くという物語にしろ、それぞれの顛末は決して奇をてらってもいませんし、想定の範囲内での結末であるのは事実でしょう。
 ですがそれらが複合され、深く掘り下げて生き生きと描かれる人物ドラマの中で複合された時、本作は壮大な物語として高いエンターテインメント性を備えてきます。
 ラストでの一抹の切なさが次作への期待感を高める引きも実に綺麗。
 書き上げられた部分までで一応の区切りはついているらしいとはいえ、著者の早い死が今更ながら悔やまれます。