万城目学 『鹿男あをによし』

鹿男あをによし
 大学院の研究室に居づらくなって、二学期の間だけ奈良の女子校で産休代理の教員として働くことになった主人公は、赴任早々遅刻してきた堀田という生徒と衝突することになります。もともと乗り気ではない教員の仕事が余計に憂鬱になる主人公ですが、そんな彼が散歩で大仏殿の裏を通りがかった時、雌鹿が「さあ、神無月だ――出番だよ、先生」と話しかけてきます。自身の神経衰弱を疑う主人公ですが、どうやらこれは冗談でも幻覚でもないことが分かり、鹿の言うままに「目」「サンカク」と呼ばれるものを京都の「狐」から受け取らねばらなないことになります。何かの手違いなのか、それとも「鼠」の陰謀か、それを受け取れなかった主人公は、剣道部の顧問として、同じ経営の3つの女学校の間で行なわれる「大和杯」で優勝しなければならなくなります。

 理系の学生が関西の学校に赴任するという「坊ちゃん」をベースに、ファンタジーともミステリともつかない不思議な物語に仕立てた一作。
 鹿がしゃべるという非現実的な出来事も、神経質で後ろ向きでありながらもどこか飄々とした主人公をはじめ、ユーモラスに描かれる登場人物がかもし出す空気の中では、ごく自然な面白さとなっています。
 そして、しょっぱなからの堀田イトとの衝突ですっかり女子校の教員という仕事に辟易していた主人公が、「サンカク」を手にするという目的から始まったとはいえ、真剣に剣道部を応援し、堀田イトに「あきらめるな」と叫ぶまでになる姿は、読み手の共感を引き出す力に満ちていると言えるでしょう。
 鹿が喋ったり、「しるし」を付けられてエライことになる主人公のシュールさ、どこかすっとぼけた登場人物たちに(良い意味で)脱力しつつも、小気味良さと爽やかさを兼ね備えたエンターテインメント。
 実は主人公自身の境遇に関しては、スッキリしない部分も残りますが、それもまた爽やかな読後感の中に消化されているようにも思います。