松本寛大 『玻璃の家』

玻璃の家
 70年前に、一族に次々と起こった不幸の末、無人となったリリブリッジ邸の主クロフォード・リリブリッジは、ガラスの製造で財を成したにも関わらず、その屋敷を一枚もガラスのない奇妙な建物にしていました。そのことである可能性を思いついた11歳の少年コーディは、探索をしていたリリブリッジ邸のガラスの取り外されたアトリウムで、死んでいると思われる人間を運び込み、それにガソリンをかけて焼く人物を目撃してしまいます。唯一の目撃者となったコーディですが、彼は事故の後遺症で、「相貌失認」という人間の顔を認識することの出来ない症状に陥っていました。協力を要請された心理学者のトーマは、コーディが目撃した事件と同時に、少年が興味を抱いていた70年前にクロフォード・リリブリッジの一家に起こった出来事や、三百年前の魔女裁判事件についても思いを巡らせることになります。

 島田荘司が選考することで話題になった、「ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」の第1回受賞作。
 その第1回に相応しく、本作は、人間の脳の解明されざる謎を織り込み、さらにはアクロバティックな論理でもって真相を解き明かすという、島田ミステリの目指す方向性が存分に発揮された作品と言えるでしょう。
 物語は、事件の決定的な目撃者であるはずの少年が、事故によって「相貌失認」という特殊なハンディを持っているがために複雑になるという、魅力的な幕開けを見せます。
 犯罪の舞台となった屋敷は、70年前の富豪の一家を襲った不幸と、無人になった後で入り込んだヒッピーたちの麻薬過剰摂取による死、さらにもっと昔にはこの土地で行なわれた魔女裁判にまつわる場所でもあると、死に色濃く彩られることで、独特の磁場を持った不吉な場所としての魅力を感じさせるものとなっています。そして随所にこれら過去の事件のエピソードが挿入され、それが現代に綺麗に結び付く謎の構成の緻密さ・解明の鮮やかさは、本作を近年稀に見るほどに本格ミステリらしい重量感を持った作品に仕立てていると言えるでしょう。
 ですがまず、終盤でトーマが仕掛けた「実験」により犯人との対決をするという展開は面白いものの、その前段階でほぼ犯人が明かされるも同然となっている部分は、真相が明かされることでのサプライズを削ぐ結果になっていることを指摘せざるを得ません。またこの点に関係して、複雑に絡み過ぎた謎を解き明かす手際に関して言えば、論理展開には齟齬も無理もないとはいえ、若干煩雑で整理されていない印象もあります。
 さらには犯人が名指しされた後、物語の幕引きまでにかけて、犯人が自ら語る部分が弱いために、そこに描かれる登場人物の悲哀が若干薄まっている気がするのも、これだけの大作であるゆえに勿体なく思います。
 巻末の選評にもあるように、決して量産できる作風ではないでしょうが、今後に大いに期待を抱かせるだけの、本格ミステリの風格を備えた作品。