加納朋子 『スペース』

 スペース (創元推理文庫)
 大晦日のデパートで瀬尾さんにあった駒子は、読んでもらいたい手紙があることを告げ、彼に十数通の長い手紙を送ります。それは、大学に入るまでずっと一緒にいた「はるちゃん」こと、はるかと離れ離れになり、彼女に対して新しい生活のことを書き送った手紙でした。新しい友達のことや女同士の付き合いの中にあるわずらわしさ、大学の課題、東北への研修旅行。そんな「日常」を綴った手紙の束から瀬尾が読み取ったのは、そこに「書かれていない」ことでした。

 宇宙、空白、場所などを意味する『スペース』というタイトルによって、見事に象徴される本作は、一見して『スペース』の補完であるかのような『バック・スペース』と対にして収録されています。
 ですがこの2本の中編は、単なる続編・補完関係ではなく、連作短編集の名手である著者らしい趣向が盛り込まれ、『スペース』を読んだ後に『バック・スペース』を読むと、思いも寄らぬシリーズの大きな絵が見えてくるものとなっています。
 『ななつのこ』『魔法飛行』に続くシリーズ3冊目にあたる本作で、駒子が瀬尾に問い掛け、そして瀬尾が駒子に答えるのは、手紙に書かれなかった「余白」であり、同時に「居場所」のことです。そしてその「居場所」は、物理的な場所のことである以上に、相手の心の中の「スペース」のことでもあります。
 さらに、続く『バック・スペース』という作品のタイトルは、解説において語られるように、キーボードで打ち間違えた文字を「戻って直す」という暗喩と同時に、『スペース』と背中合わせでひとつの物語を構成していることをも示しているのでしょう。
 誰かの心の中の「スペース」を求める人間の寂しさが、そして相手と近付き、互いの間にある「余白」を埋めていくことで得られる「スペース」が、本作では描かれています。それは、『スペース』のラストで、次のような瀬尾の台詞によって語られます。

「君が言うように、僕らの間には、まだたくさんのスペースがあるんだろうね」
 空白。余白。がらんどうの空間……。
(略)
「でもそれは、こんな風に一緒にいて、たくさん話をすれば、だんだん埋まっていくんじゃないのかな……きっと、近いうちに」

 そしてまた、『スペース』の作中の手紙には書かれなかった余白部分、あるいは『スペース』という作品の背面(バック)で起こっていた『バック・スペース』を読み終えた時、『ななつのこ』から続くシリーズの大きな流れの物語が綺麗に浮き彫りにされるます。こうした巧みな構成の精度の高さだけではなく、そこに描かれる人間の抱える寂しさとそれを乗り越えて自らの居場所を得ていく登場人物たちの心情で紡がれた物語は、穏やかでありながらも読む人の心に訴えかける力を存分に発揮したと言えましょう。