米澤穂信 『追想五断章』

追想五断章
 伯父の営む古書店で居候しながらアルバイトをする芳光は、ある人間の書いた5篇の小説を探している北里可南子という女性の依頼を受けて、その物語の掲載されている雑誌を探し始めます。そして、可南子の父親が書いたというそれらの不思議な短篇小説は、結末が読者に示されることのないリドルストーリーの形式を取っていました。可南子の手元には、これら五篇の物語の結末を書いた1行だけの文章があり、細い糸を辿ってそれに対応する物語を探し始めた芳光は、可南子の父親が関わっていたらしい、ある過去の事件にぶつかります。

 破格の報酬で小説探しの依頼をする女性、何か含みのあるような意味ありげな小説、そしてその書き手たる故人が関わっていたらしい事件。あまり広く読まれることのない同人誌や俳句機関紙などに載せられた五篇の小説と、故人が友人と交わした書簡。そして事件を取材した記事。さらには、五篇の小説から抜かれた結末を書いた一行。それらを通じ、主人公の芳光は小説の作者である男の真実を辿り始めます。
 本作の秀逸なところは、作中作であるリドルストーリーが、何故リドルストーリーとして描かれなければならなかったのかという点を、そのまま物語の中心軸にして構成しているところでしょう。
 また、そのリドルストーリーに仕掛けられた真実への手掛かりは、奇をてらった仕掛けではないものの、実に巧妙かつ精緻。作中作の一篇一篇も実に良く出来ている、不思議な余韻を残す短篇となっていますが、それを書き手の陥った境遇と事件に絡め、より思わせぶりな風合いを出している辺りが何とも上手いと言えるでしょう。
 結末において全てが繋がるための伏線の良さと、作中作の存在そのものを核とした構成の巧みさにおいて、著者の並外れた手腕を見ることが出来ます。
 さらに、主人公の芳光は本作の主人公でありながらも、終始一貫して物語の傍観者の枠からはみ出ることがありません。父の書いた小説を探して欲しいと依頼をしてきた可南子や、「アントワープの銃声」事件に翻弄されたその父親の物語が克明に掘り起こされ、そして幕を閉じるには、本作の主人公たる芳光の働きが不可欠です。にも関わらず、その物語は芳光自身の物語にはなり得ないし、彼の人生を救うことも劇的に変えることもなく幕を閉じる辺りの著者の突き放し方が、どこか深い余韻を残すものとなっていると言えるでしょう。