アントニイ・バークリー 『ジャンピング・ジェニイ』

ジャンピング・ジェニイ (創元推理文庫)

 古今の殺人者の扮装をするという些か悪趣味な趣向のパーティに招待されたロジャー・シェリンガムは、このパーティの主催者である友人のロナルド・ストラットンの義妹の言動に興味を抱きます。自己顕示欲が強く、それゆえに周囲の人々を不快にさせる彼女が騒動を起こした後、パーティ参加者の一人が首吊り死体となって発見されます。自殺として片付きそうな事件ではあったものの、遺体発見状況に不審の念を抱くロジャー・シェリンガムは、犯人と目した相手に深い同情を覚え驚くべき行動に出ます。

 事件そのものは実にシンプルな構造であるものの、探偵たるロジャー・シェリンガム自身の手により、事態は混迷を極めることになります。探偵小説における従来の探偵の在り方を考えれば、犯罪を隠蔽しようとすらするロジャー・シェリンガムの行動は言語道断であり、探偵役と言うよりは明らかに事態を引っ掻き回す道化役ですらあると言えるでしょう。
 ですが、紋切り型の「探偵」を痛烈に皮肉るような物語展開といい、最後の一行を読み終えた瞬間に感じる強烈なスパイスの利いた結末といい、何とも絶妙なブラック・ユーモアに唸らされます。
 事件のシンプルさと、探偵の探偵らしからぬ行動によって複雑さを増す事態の面白さ、そして痛烈な結末と、他に類を見ない探偵小説であることは確かでしょう。
 ただし、解説で書かれているように本作をバークリーの入門書として薦められるかといえば、その点に関しては若干の注意が必要な気もします。バークリーという作家の作品自体が比較的玄人好みであることとはまた別の部分で、本作の特殊性が必ずしも素人向けではない部分を多分に有していることは指摘できるでしょう。