中島梓 『転移』

転移

 2009年5月に亡くなった作家、栗本薫が書いた中島梓名義の闘病記録。すい臓がんが肝臓に転移していることが判明し、そこから抗癌剤治療を続け、日々作家として、一人の人間として浮き沈みの激しい毎日を死の直前まで綴った生々しい記録です。
 日記形式で綴られる記録を読めば、後に刊行された『グインサーガ』のあの巻はこの時に書いていたのかなど、読者には感慨深いものがあることでしょう。
 長い期間にわたって苦しむ病気というのは、決して一本調子で下降線を辿ったり、あるいは日々目覚しく良くなったりするものではありません。比較的具合が良いサイクルと、悪くなっているサイクルが交互に来て、徐々に下降線を辿るような毎日の中で著者である中島梓栗本薫)は、、食べ物を美味しいと感じることに喜びを感じ、季節を報せる花や風物を感じ、作家としてひたすら書き、そして好きな音楽を演奏し、着物を着て装うことで気持ちを昂揚させます。
 あと10年、せめて5年、「まだ生きたい」という気持ちと、55歳を迎えて「もう十分なのかもしれない」という死を受容する気持ちが拮抗する様はリアルであり、死が近付いて徐々に日記の間隔が空いたり、執筆を行なわない日々が出てきたりという中での著者の気持ちの変遷が生々しく感じられる1冊でした。