『神林長平トリビュート』 早川書房編集部編

神林長平トリビュート

 神林長平のデビュー30周年を記念して、若手作家8人がそれぞれ神林作品1作をテーマに選び、独自に物語を書き下ろしたトリビュート・アンソロジー神林長平自身による序文に加え、ラインナップは、以下のとおり。
『狐と踊れ』/桜坂洋
『七胴落とし』/辻村深月
『完璧な涙』/仁木稔
死して咲く花、実のある夢』/円城塔
『魂の駆動体』/森深紅
敵は海賊』/虚淵玄
『我語りて世界あり』/元長柾木
『言葉使い師』/海猫沢めろん

 何年も神林作品からは遠ざかっていたので、おおもとの作品の内容をかなり忘れていたり、未読の作品も若干あったものの、どれも「神林長平の世界」とそれぞれの作家の世界が上手い具合に共存しているトリビュート・アンソロジーに仕上がっていると言えるでしょう。
 桜坂洋による『狐と踊れ』は、原作世界で人間から逃げ出した胃に人格を与え、その胃を一人称に据えて胃袋の自分探しめいたストーリーに仕立ててしまう、ユーモラスな作品。
 辻村深月はこのラインナップでは異色にも感じますが、『七胴落とし』という硬質な作品を、著者らしいやわらかでノスタルジックな作品に仕上げています。
 仁木稔による『完璧な涙』は、原作では描かれなかったヒロインの時間を、老いた男の視点で描くことにより、魔姫というファム・ファタルを劇的に描いて元の物語へと繋げた作品。
 円城塔の『死して咲く花、実のある夢』は、哲学的ともいえる難解さと独特の視点が美しい文章で綴られる作品。書き手の作り上げる雰囲気と、選んだ作品のマッチングが実に見事。
 森深紅の『魂の駆動体』は、現役を引退した二人の老エンジニアの挑戦と模索が、彼らの人生と時代の狭間の中でどこかノスタルジックに描かれます。個人的には、著者の他の作品を一番読んでみたくなった作品です。
 虚淵玄による『敵は海賊』は、そのまま原作世界の一端に位置づけて良いほどの仕上がり。主人公の「わたし」が何者なのかについては、原作読者なら割とすぐに推測できるものでしょうが、原作でほんの少し触れられていた「過去」が見事に描き出されていると言えるでしょう。
 元長柾木の『我語りて世界あり』は、いかにも現代作家的な個性付けがされた少女が主人公の物語。
 海猫沢めろんによる『言葉使い師』は、「言葉」と世界のはじまりを実にファンタジックに描いた作品。
 著者の急逝によって書かれることの無かった、伊藤計劃による『過負荷都市』を含め、未読・既読を問わず神林作品を読みたくなるアンソロジーでした。