12世紀、イングランド支配下のソロン島。領主の娘アミーナが港から連れ帰った二人の騎士は、彼女の父親である領主に対し、魔術を用いる暗殺騎士が命を狙っていることを警告します。ですが、折りしもデーン人の軍勢が再び島に来襲することに備えている中、警告の甲斐もなく領主は殺害されてしまいます。暗殺騎士を追ってきたという二人の騎士の手助けのもと、アミーナは父を殺した犯人を探し出すことになりますが……。
12世紀のイングランドという修道士カドフェルの時代を背景に、架空の土地を舞台にしたミステリ/ファンタジー。物語のそこかしこに、カドフェルシリーズの時代を思わせる空気もあり、そうした部分でも楽しめた作品でした。
そして本作においては「魔術」という特殊条件が用いられますが、それは単なるファンタジー小説としての要件ではなく、犯人選定のための必須ガジェットとなっているのが秀逸。ファンタジー小説の異世界構築のためではなく、トリックのために構築される世界造詣という意味では計算しつくされた作りこみとなっていると言えるでしょう。「呪われたデーン人」との戦いのシーンも圧巻ですが、彼らの存在そのものが作品を成立させるために果たす役割といい、結末部で披露される犯人へと繋がる伏線といい、その必然性が謎の解明によって明らかになる部分は、こうした特殊条件を用いたミステリならではの醍醐味。
物語は、領主を殺害した犯人=暗殺騎士の手先とされた「走狗」が誰なのかというフーダニットを軸に展開します。そこに、囚人の消失の謎や、島に襲い掛かる「呪われたデーン人」との熾烈な戦いなどの肉付けがなされます。そうした部分から見れば、本作はいわゆる「ファンタジー」という異世界を前面に出した戦記や人間物語を主軸とした作品ではなく、特殊条件下でのミステリであると言うことが出来るでしょう。
いわゆるハイ・ファンタジーを期待して読むと肩透かしになるでしょうが、土台となっている時代や背景という面でも地に足のついている作品であることは事実であり、歴史ミステリやファンタジーの空気も味わえ、どんでん返しの末の結末において得られる独特のカタルシスを堪能できるミステリ作品でした。