伊坂幸太郎 『夜の国のクーパー』

夜の国のクーパー

 問題がないと思っていた家庭に波風が立っていたことを突然知らされた男の前に、言葉を話す猫が現れます。その猫が語ったのは、"鉄国"という隣国との戦争に敗れ、突然敵国の兵士がやってきて、国王を殺して町の支配を始めたという町の物語でした。そして兵士たちとともにやって来た馬の中に、誰も乗っていない馬が一頭いて、そこから何者かが降りるような物音が聞えていたことで、"クーパーの兵士"と呼ばれる町を守るために戦ったおとぎ話の英雄の存在が、人々の間でまことしやかに語られますが…。

 伊坂幸太郎版、大人のためのおとぎ話とでもいうべき作品。
 杉の木から生まれるクーパーという架空の生き物を倒すために選ばれて戦いに行き、その結果透明な体となってしまい帰ってくることが出来なくなってしまった"クーパーの兵士"というおとぎ話が、まず本作では物語の謎の根幹に存在します。
 そして、戦争に負けた国の小さな町に突然やって来て国王を殺した兵士と、町の今後を思い悩む人間と、それを見つめる猫たちの物語が、クーパーの兵士の物語の上に描かれます。さらにこの中では鼠と猫の、「一方的な強者と一方的に虐げられる者」という関係が、「戦争に敗れた国の町の住人と戦争に勝った者」の構図にオーバーラップして、寓意的に描かれることになります。作品の中で一番大きな部分を占める、突然やって来た兵士たちに町の住人達はどうされてしまうのか、あるいは町の人々がどうするのかということが、物語を追う読者の一番の関心事となるわけですが、複雑な構図を見せる物語の中で全ての要素が一つに収束し、実に綺麗な結末に辿り着くこととなります。
 初期作でも既に、この結末における怒涛の伏線回収が評価されていた著者ではありますが、どこまでも圧巻だったその印象と比べると、本作では実に自然に全ての伏線が結末で絡み合った感もあります。そうした部分は、初期作品と比べて現時点での最新作である本作が洗練されている具合とも見ることが出来るかもしれません。
 登場人物たちの意図が絡み合って起こる複雑な事態の真相の妙と、猫の語る不思議な世界の物語に内包される寓意が、人に一歩を踏み出す力強さを与えてくれる、著者らしい一作。