吉永南央 『萩を揺らす雨―紅雲町珈琲屋こよみ』

萩を揺らす雨―紅雲町珈琲屋こよみ (文春文庫)
 若い頃に離婚し、六十五歳の時に両親が亡くなった後は、それまでの生業であった小さな電気屋を潰して、コーヒーと和食器の店である小蔵屋を開いたお草さん。店を訪れておしゃべりをしていく客のうわさ話から、あるマンションの一室で起きている異変に気付き、散歩を装って様子を伺いますが…。

 全5編の連作短編集。
 客たちの噂話から、売上げ未回収の伝票から、パソコンを教えてくれるバイト学生の友人の話から、見慣れない不審な男の姿から、周りで何かが起こっていることをお草さんは敏感に察知します。それでありながら本作は、小さな出来事から積み上げた推理で起こっている犯罪を、年老いた主人公が鮮やかに解決するという、サプライズや痛快さをもたらす探偵小説とはまた趣を異にしています。
 本シリーズの主人公のお草さんは、事件に関わることにさえ迷いながらも、若い頃に離婚したことで、相手方に取られた幼い息子を事故で亡くしてしまったことを悔いるがゆえに、静かに自分の出来ることをするといったスタンスを取っている辺りが特徴と言えるでしょう。
 それは、クリスティのミス・マープルのように毅然とした老女、あるいはコリン・ホルト・ソーヤーの海の上のカムデン・シリーズのアンジェラとキャレドニア(ミステリの範疇からはやや外れますが有川浩の『三匹のおっさん』シリーズなどもその類型に入るでしょう)のように、破天荒な年寄りたちが痛快に事件を解決する物語とは、明らかに違うタイプの作風と言えます。齢を重ねて第二の人生を送る年寄りを主人公に据えた前述のような作品では、主人公の年寄りたちは若者以上に活動的だったり、強い信念をもって、毅然として若者をいなす立場にあります。作品に「老い」は描かれていても、それは非常に望ましい姿で持って描かれているのだと言うことが出来るでしょう。
 ですが本シリーズの主人公のお草さんは、良いことも辛いこともあった人生の終盤に来て、周囲では心を許す親友も病を抱え、老いの悲しさとでも言うべきものを感じさせるものを内包した存在として描かれます。彼女を理解して支えてくれる脇役たちは勿論いますが、中には悪意ではなくとも「老い」に対して辛辣な見方をしていることで、老女を傷つけるような言動を取る人物も描かれます。その意味で、彼女は老いて行くことに静かに傷つく、非常にリアルな人間として描かれ、読者は登場人物の優しさや温かさにすら、どこか悲しみを感じ取ることが出来るかもしれません。同時に、その悲しさが愛しいと感じさせるような人間の描き方が本書のひとつの持ち味であり、魅力でもあるのでしょう。