アン・スチュワート 『水辺の幻惑』

水辺の幻惑

 このところアルツハイマーが始まったらしい母親と、奔放過ぎて刺激の多い都会で暮らすことに問題のある妹の面倒を見ながら、ソフィーはヴァーモントの田舎町で小さなホテルを開業する準備を進めています。平穏な暮らしを望むソフィーですが、ある日彼女らの家のすぐ近くへ越してきた「ジョン・スミス」と名乗る魅力的な男性に惹かれていきます。ですが、彼女らの家の前にある湖では、20年前に若い女性が殺害される事件が起こっており、当時ドラッグの作用で記憶が曖昧だった被害者の恋人だった若者が逮捕されていました。実はこの時に逮捕された若者グリフィンこそがジョン・スミスの正体で、過去に彼が罪を被ることになった事件の真相を知ろうとするのですが――。

 実際にあった殺人事件から著者が着想を得て出来上がったという物語。
 かつての無軌道な若者グリフィン=ジョン・スミスが、自分が殺したという容疑をかけられた3件の事件の他に、不審な死を幾つも見つけるという筋書きは楽しめましたが、贅沢を言えば読者に対するミスリードが少々弱く、また推理のプロセスは仄めかされることはあっても、読者に効果的な提示はなされない部分もあったということは指摘できるでしょう。物語の中盤、犯人のモノローグが入る辺りで、犯人に関してはおおよその見当がついてしまいます。ですが、ソフィの母親と反抗心旺盛なティーンエイジャーである妹が、犯人の精神面を刺激する伏線などの書き込み、また、ソフィとグリフィンが接近していくことが、ピタリと伏線としてはまっている辺りは、非常に上手い処理がなされていると言えます。
 そこそこのページ数はありますが、読み易い1冊でした。
 ただ、冒頭にある日本の読者への献辞で、「もしも実写化した時のキャスティング」で、「日本版を作るならヒーローは是非とも豊悦、ソフィの妹はあゆ」という文章が頭に残ってしまって、少しばかり違和感のある映像を思い浮かべながら読んでしまったのが正直微妙でした。