パトリシア・コーンウェル 『真相 上/下 "切り裂きジャック"は誰なのか?』

真相 (上)―“切り裂きジャック”は誰なのか?真相 (下)―“切り裂きジャック”は誰なのか?
 19世紀末のロンドン、貧困層が生活するホワイト・チャペルで人々を震撼させた"切り裂きジャック"事件を、100年以上の時を経て、7億円とも言われる巨費を投じて最新のDNA鑑定などの科学捜査を用いてコーンウェルが検証したノン・フィクション。

 冒頭から当然のように"切り裂きジャック"の正体であると名指しされているのは、画家のウォルター・シッカートですが、切り裂きジャックの容疑者の一人としては最有力ではなかったものの、名前が挙がる人物としては、決して目新しいというほどの人物ではありません。
 1888年の事件当時では、法医学制度や科学捜査の手法の問題、また極めて現代的なサイコパスとして"切り裂きジャック"を捉えれば、当時の捜査では見逃されている事実が多かったことは確かでしょう。その意味で、コーンウェルが行ったこの一大プロジェクトの意義は、それなりに評価されるものではあるのかもしれません。

 ただ、冒頭から十分な説明もなくシッカートこそが"切り裂きジャック"であると、「仮定」ではなく「断定」して、それを前提に話を進めている点で、読者としてはどうしても戸惑わされてしまいます。
 ノン・フィクションとして、あるいは"切り裂きジャック"の研究書として本作を読むのであれば、現代のコーンウェルを中心とした時間軸や視点がいきなりあちこちで挿入されること、19世紀当時、シッカートの動きを追っている本文中においても、突然彼の幼少期の話が始まったり、最初の妻の話になったりと、仮説の信憑性以前に、構成面でのまずさが目に付く内容となっています。
 さらに、本文の内容の未整理という点では、時系列的に整理されていないだけではなく、もう少しキッチリと項目を立てて論を展開してもらわないことには、著者に都合の良い事実だけを思いつくままに並べたものとしか言いようがないでしょう。
 「シッカート=切り裂きジャック」ということを前提に本書を書き進めるにしても、サイコパスとしてのシッカートの人間性の検証、シッカートの生い立ち、事件の概要とシッカートの関わりの可能性、事件当時の社会風俗と警察の捜査の限界、現代の科学技術による検証で明らかになった事実、などの項目に分けて、それに従って論を展開すべきでしょう。本書ではこれらの内容が全く整理されないままに、散漫に羅列されているために、非常に読みにくいものとなっています。
 また、最終章の締めを、シッカートの二番目の妻の葬儀の時点にした意図も意味不明であり、とにかく内容以前に構成の悪さだけが目に付く1冊でした。