ジェフリー・ディーヴァー 『エンプティー・チェア』

エンプティー・チェア〈上〉 (文春文庫)エンプティー・チェア〈下〉 (文春文庫)
 事故で四肢が麻痺してしまっているリンカーン・ライムは、一縷の望みを求めて最先端医療による手術を受けようと、パートナーのアメリア・サックスと介護師のトムを伴って、ノースカロライナを訪れます。ですが病院で診察を終えたライムのもとには、かつての事件で知り合った刑事の親戚だというジム・ベル保安官が来て、ライムに事件の捜査の手助けを請います。彼によれば、ギャレットという地元ではかねてより問題視されていた16歳の少年が別の少年を殺害し、女子学生を拉致して行方をくらまし、さらには追って来た警官を蜂を使って襲い、その場にいた看護婦の女性をさらったのだと言います。ライムとサックスのやり方を理解し、手足となってくれる捜査員もいない、半身不随のライムをサポートする機材も不足し、何よりもその土地の情報にも通じていないという悪条件の中、ライムの指示を受けながら行方不明者の救助のために、少年の足取りを追います。ですが、少年を犯罪者だと決めてかかる地元の人々に対して疑問を覚えたサックスは、ライムの言葉に背いてまで自らを窮地に追い込む行動に出ることになってしまいます。

 前半は「昆虫少年」ギャレットの追跡劇、後半はアメリアの逃亡劇と事件の背後にいた大きな敵との知略をつくした攻防が、息をもつかせぬ展開で繰り広げられます。
 いきなりニューヨークの科学捜査官として招聘された形のライムとサックスに対して、地元の捜査員たちは反感を抱きます。そしてそこでは、ニューヨークで出来たような意思疎通がスムーズに行かないどころか、ライムとサックスの捜査を邪魔するかのような乱暴な手段に訴え、全てがぶち壊されかねない局面が何度も繰り返されます。
 さらに、後半に入ってからの展開は、まさに波状攻撃のようにサックスとライムを襲い、まさに怒涛の展開と言うに相応しいものとなっています。
 法廷でのライムの駆け引きに関しては、少々ご都合主義とやり過ぎの印象も否めませんが、最後の最後まで目まぐるしく展開する物語は、スピード感に溢れた良質のエンターテインメントとして高く評価出来る物でしょう。
 ただし、舞台は変われど、終盤で急激に展開するこの作風に関しては、どうも他の作品と似通った印象となってしまっている部分も感じられる気もします。勿論、読者に対する思わぬ「裏切り」の上手さは、一定以上のクオリティを持ち続けていますし、個別に作品を読めばどれもとことん面白いものであるのは事実です。
 ですがそれも、全ての作品が安定したクオリティを保ち続けているがゆえのものとして、必ずしもマイナス評価に繋がるものではないのかもしれません。