ジェフリー・ディーヴァー 『バーニング・ワイヤー 上/下』

バーニング・ワイヤー 上 (文春文庫)バーニング・ワイヤー 下 (文春文庫)
ウォッチメイカーと呼ばれる殺人犯が国境を越え、メキシコに入ったらしいという情報を得て、リンカーン・ライムはニューヨークから宿敵とも言える個の相手を追い詰めようとします。そんなさなか、送電システムに細工をして、大量の電力の異常な流れが怖ろしい兵器となって路線バスの乗客を襲ったテロのニュースが入ります。街じゅう至るところに流れているけれども、どこから襲って来るのか予測のつかない電気を利用し、怖ろしいまでの殺傷能力を持つ仕掛けをする犯人。リンカーン・ライムの科学捜査をはじめ、その道のスペシャリスト達が総力を挙げて捜査をした結果、浮かび上がった犯人とその狙いとは。

シリーズ9作目である本作では、電気というものを武器にして、恐るべき犯行を繰り返す頭脳派の犯人とライムたち捜査陣との攻防が繰り広げられます。
ディーヴァーらしいどんでん返しと意外な犯人という側面から本作を見れば、ある意味毎回当然のごとく期待されるがゆえに、シリーズが進むにつれてハードルが高くなっているということは言えるでしょうが、勘の良い読者であれば薄々感じ取ってしまうかもしれないものの、「この犯人しかいない」と納得させられる結末であったのは確かでしょう。。
ですが、時に意外性を持たされながらも、繋がるべくして繋がった伏線の複雑さだとか、犯人の知能の高さと冷酷さとの勝負という要素では十分に楽しめる作品であるのは疑いが無いものの、ある事情により犯人サイドの視点での書き込みに制限があったことから、「緊張感に満ちた犯人との知略を尽くしたゲーム的」な部分では、やや弱くなった気はします。
ただ、コンピュータによる情報収集によって閑職へ追いやられそうになっている潜入捜査のプロのフレッド・デルロイ、捜査中にパニックに陥り思わぬミスを犯してしまう"ルーキー"ロナルド・プラスキーなど、事件の本筋とは少し外れた部分で迷い、葛藤する人間の姿が描かれるのも、本作の中では大きな要素となっています。
それは、シリーズ第1作から四肢の麻痺という障害に悩み続けるリンカーン・ライムと、パートナーとしてライムの傍らにあるサックスや、ライムを支える介護士のトムにも共通するものであり、ある意味では本作は、こうした登場人物たちにとってのターニング・ポイントであったとも言えるかもしれません。