死に至る時間を長引かせる、拷問めいた残虐な方法を用いたらしい、殺人事件の現場に置かれたアンティーク時計と犯人の署名。おそらくは、全部で10人の被害者を殺害すると思われる「ウォッチメイカー」。偶然にニューヨークを訪れていた、キネシクスと言われる手法を用いた尋問のスペシャリスト、キャサリン・ダンスの協力も得て事件の捜査に当たるライムたちですが、パートナーであるサックスが抱えていた別の事件は、彼女の父親の隠された過去にも繋がり、サックスを精神的に追い詰めます。
冷徹でありながら挑発的な犯行を遂行するウォッチメイカーの事件と、サックスの事件である自殺に見せかけた不審な殺人事件の捜査が同時に進行し、それが一つの物語として動いていくのが本作のまず面白いところ。
ライムら捜査陣をすんでのところでかわすウォッチメイカーと、ウォッチメイカーの犯行を直前で食い止めようとするライムらとの攻防はそれだけでも読み応えのある展開になっています。それに加えてさらに、サックスの警官としてのアイデンティティを揺るがすような展開を見せるもう一つの事件も重なり、物語は作者の巧みなストーリーテリングでもって、終始一貫して読者を惹きつけてはなしません。
さらに本作では、尋問のスペシャリストであるキャサリン・ダンスという、科学捜査による証拠でもって犯人を追い詰める女性キャラクターが新たに投入されています。本作は、ライムとは全く異なる手法で捜査に当たる人物を投入したことで、物語に幅が出たと言うことも出来るでしょう。彼女自身の物語も、すでに本シリーズの姉妹シリーズとして刊行されている、キャサリン・ダンスというキャラクター自身もまた、非常に魅力的な人物となっています。
そして、ウォッチメイカーによる連続殺人は、動機面や犯人の目的が、物語が進むにつれて二転三転し、終盤を迎えるずっと前から、どんでん返しの波状攻撃がもたらされ、事件の構造はめまぐるしく変化を遂げて見せます。この辺りの演出や、スピード感をもって読者をひきつける作者のストーリーテリングの上手さは、本作においてもこれまで以上に発揮されています。
また、本作における大きな魅力の一つは、犯人の魅力であると言えるでしょう。これまでのライムが対決してきた犯人たちが終盤になるにつれて綻びを見せていったのに対し、ウォッチメイカーは最後まで崩れないどころか、終盤に至ってはウォッチメイカー自身が大きな進化を遂げる場面すら見られます。この進化を遂げることでウォッチメイカーは、ライムの宿敵と言うに相応しい存在として、歴代の犯人とは一線を画すものとして描かれています。