佐々木丸美 『橡家の伝説』

橡家の伝説
 百人浜に聳えるおばの館へ向かっていたはずの涼子と哲文は、嵐の中で別の館へと辿り着いてしまいます。いつか自分を迎えに来る運命の男性を館で待ち続けている、千波を彷彿とさせる女性、波路を当主とした抱くその館は、涼子たちの生きる時代よりも以前に存在した館でした。波路に仕えた三人の女性とその子孫に託された遺産を巡り、館では新たな物語が動き始めます。

 時系列から言えば、『水に描かれた館』と『夢館』の間に収まるべき物語で、輪廻転生や時間転移などの伝奇的な要素の強い作品。『水に描かれた館』から『夢館』にかけて描かれた、生まれ変わりを経て成就される千波の恋の原点を本作に見ることが出来、その意味では広がりを見せる作品世界を網羅するには読んでおいて良い作品でしょう。
 ですが、姉妹作の<館>三部作が後半になるに従ってミステリ色から幻想小説の色合いを濃くしていったことから分かるように、本作は、ミステリ要素も皆無とは言えないものの、あくまでも幻想小説としての佐々木丸美の独自の世界を楽しむべき作品となっています。
 そして本作では、吹原と出会ったことで、哲文への幼い恋心以上の千波の恋を追体験してしまった涼子が、嵐の中で時間転移をしてしまうことにより、現代の館から切り離されて哲文と二人きりとなってしまった上に、彼に想いを寄せる操という少女が登場することで、新たに自身の恋を見詰めることになります。
 橡家より三人の女性に託され、そしてこの三人の子孫が再び一堂に会した時に相続される遺産を巡り、新たに起こる凄絶な人間ドラマは、後半部でかなり急ぎ足となってはいるものの魅力に満ちています。そして哲文らに協力を求められた巴田が弄する詐術を含め、登場人物の心理面への繊細かつ深い掘り下げで、ぐいぐい引き込まれた1冊。