米澤穂信 『インシテミル』

インシテミル
 時給1120百円也――時給1120円の誤植ではなく、11万2千円。ある「実験」のために集められた参加者たちには、7日間24時間この時給が払われ、尚且つ特定の条件を満たせば破格のボーナスまで出されるというあやしげなアルバイトに、大学生の結城理久彦は車を買う金欲しさに半信半疑のまま応募します。それぞれの思惑と事情からモニター実験に応募することとなった12人の参加者たちは、主催者に課されたルールの下、7日間を外界から隔絶された暗鬼館と呼ばれる建物に籠もって過ごすことになります。

 莫大な財力を持ち、殺人ゲームを楽しむ「主催者」と、それぞれの事情や思惑でゲームに参加する「参加者」という基本構造に関しては、正直「またか」という印象も皆無ではありませんが、読者に対して十分な推理材料がキッチリと提示されており、尚且つ論理的な解決が導かれる過程、犯人との対決とその結末のつけ方など、著者の上手さが随所に見られる作品であるという点は評価に値するところ。
 主人公の結城のキャラクター造詣や役割の配置は非常に納得のいくものでしたし、それぞれの殺人の演出も犯行の機会やその必然性も隙がないものと言えるでしょう。また、登場人物それぞれの背景を敢えて省略したことで、殺人や明らかにあやしげな実験への参加の動機の説得力としては些か弱くなってはいるものの、結果的に無駄な枝葉のない作品に仕上がることに繋がったとは言えるかも知れません。
 終盤での推理ゲーム的な要素に関しては実に上手い運びで、この種の設定にありがちなゼロサムゲーム的なサバイバル物とはせず、本格ミステリのコードに忠実にしたことでの成功はおさめているようにも思います。
 ただし、おそらく多くの人が面白くは読めるでしょうけれども、手放しで誰にでも支持される作風とは言い難く、ある程度読者を選ぶ要素も含んでいるのは事実でしょう。