有川浩 『ラブコメ今昔』

ラブコメ今昔
■第一空挺部隊大隊長を勤める今村二佐のもとへ、自衛隊広報紙の取材として顔なじみのカメラマンとともにやってきたのは、新しく広報に赴任した矢部千尋二等陸尉でした。千尋は『自衛官の恋愛と結婚について』をテーマにしたコラムで、今村とその妻の馴れ初めの話を載せたいと言ってきます(『ラブコメ今昔』)。
■海外派兵された自衛官を恋人に持つ歌穂は、日本にいない恋人の為に彼の趣味である特撮番組や子供向けのアニメの録画を欠かさずしています。自衛官でオタクな彼との馴れ初めとは(『軍事とオタクと彼』)。
■政屋は「広報に必要な適性は女ったらしである」という上官の自論に基づいて、海上自衛隊の広報に勤務しており、仕事でロケでやって来るテレビ局のスタッフとの調整役をすることになります。そして5分前行動が基本の自衛隊と、スケジュール表通りには動かないテレビ局との間に挟まれて理不尽な叱責を受けるテレビ局側のADの鹿野汐里に好意を持ちます(『広報官、走る!』)。
ブルーインパルスに勤務する鉱司を夫に持つ公恵は、「夫がモテて困るんです」という境遇を実感していました。隊の中でも若手で愛嬌のある鉱司にはファンも多く、中でも熱狂的な追っかけをしている美人に仕掛けられる嫌がらせに、公恵は一人悩みます(『青い衝撃』)。
■手島は上官である水田に、娘の友達で自衛官の彼氏が欲しいという少女の面倒を見てやって欲しいと頼まれます。ですが手島が好感を抱いたのは、水田の娘である有季の方でした(『秘め事』)。
■基地横にある広報センターを訪れた千尋は、そこで展示されていた写真に目を奪われます。撮影者である吉敷の名前を覚えていた千尋は、実家で父親の写真雑誌の投稿欄に彼の名前を見つけ、自衛隊の広報のカメラマンとしても高い評価をされている彼に思わず会いに行ってしまいますが、雑誌に投稿した写真を見たと言った瞬間、吉敷の態度が硬化してしまいます(『ダンディ・ライオン〜またはラブコメ今昔イマドキ編』)。

 著者お得意の、「自衛隊」と「ラブコメ」の二大要素を前面に押し出した短編集。
 各編のつながりはほとんどなく独立してはいますが、冒頭の『ラブコメ今昔』と『ダンディ・ライオン〜またはラブコメ今昔イマドキ編』だけはスピン・オフ関係となっています。
 自衛官という職業人をキャラクターに据え、その職務上「有事」を見据えた真摯な姿勢で家族・恋人に対して接する姿の中のリアリズムと、良い意味でのライトノベル的なキャラクター主導型の小説の持ちうるリーダビリティや高いエンターテインメント性とのバランスが非常に良い作品集。
 本作に限らず、有川浩の描く作品が単なるベタ甘の恋愛小説では終わらないのは、主人公二人だけで世界が完結してしまうような恋愛至上ではなく、職業人としての真摯さや使命といった、現代においては薄れつつあるものをしっかりと持った上での恋を描いているからなのかもしれません。