上橋菜穂子 『神の守り人 上/下』

神の守り人〈上〉来訪編 (新潮文庫)神の守り人〈下〉帰還編 (新潮文庫)
 国境の町で開かれる<ヨゴの草市>に出向いた女用心棒のバルサと幼馴染で呪術師見習いのタンダは、そこで人買いに売られそうになっていた少女アスラと兄のチキサを助けてしまいます。ですが、差別され、ひっそりと生きているタルの民であるこの兄妹は、ロタ王国を揺るがす畏ろしき神・タルハマヤに関わる何かを秘めていました。あまりにも強大な殺戮の力を振るった幼い少女アスラに、かつての自分の思い出を重ねてしまったバルサは彼らを見捨てることが出来ず、タンダの知己であるロタの呪術師を敵に回すことになってしまいます。古来よりの言い伝えに従って国を守るために少女を亡き者にしようとする彼らに追われ、さらにはタンダとチキサを人質に奪われながらも、バルサはアスラとともに二人の人質の奪還を試みます。

 本作では、放っておけば大きな災いを引き起こすかもしれない危険性を秘めた子どもを見捨てることの出来ないバルサが描かれますが、それは決して安易な同情心ではなく、助けた後で彼らが自分で生きていくためのチャンスの芽を守ると言う意味で、成熟したバルサというキャラクターならではのスタンスがより一層生きています。
 危険の芽を摘むという安易な解決策でもなく、単純に助けの手を差し伸べる近視眼的でその場限りのものでもないからこそ、本作は深いテーマを読者に見せてくれるのでしょう。
 そしてまた、描かれるのは勧善懲悪ではなく、バルサらを追って少女を殺そうとする者たちにも、また少女に秘められた力を手に入れようとする者らにも、それぞれの論理があり、それぞれの正義や正当性に基づいているという部分で、しっかりとした骨太な世界観に支えられた物語の奥行きを感じることが出来るのでしょう。
 さらに、民族間の軋轢、政治のパワーバランスなどの問題も、ファンタジーというエンターテインメントの中でのデフォルメはされていてもしっかりと織り込まれ、シリーズの魅力となっているリアルな世界観を生み出していると言えるでしょう。
 人間の世界と異界との狭間で起きる様々な事件を描きつつも、どこまでも等身大の人間を真っ直ぐに捉え、前向きに立ち向かう姿を描き出す著者の今後も期待させられます。