西澤保彦 『モラトリアム・シアターproduced by腕貫探偵』

モラトリアム・シアターproduced by腕貫探偵 (実業之日本社文庫)
 母親のコネでミッション系の女学校へ英語の臨時教員として赴任した住吉ミツヲですが、意識を取り戻したら同僚の妻の死体と一緒の部屋で倒れていました。女性を巡って不自然な記憶の欠落があることに気付くミツヲは、はたして学校関係者の連続死に関わりを持っているのか。そして魔性の女性と噂され、彼女と関係を持つと身内が変死するという都市伝説のある女性事務員とミツヲは、過去にどのようなかかわりがあったのか。

 強烈過ぎるキャラクターであるミツヲの家族をはじめ、学校関係者など、とにかく出てくる人物という人物のすべてやシチュエーションはやや造り過ぎ、加えてミツヲの記憶喪失に関してはやや説得力の弱さもあり、物語中のこととしてもリアリティは薄い気もします。個性の強過ぎるという印象の登場人物たちは、主人公のミツヲがどちらかといえばニュートラルに描かれるため、より一層良くも悪くもアクの強さが引き立つこともあり、ある程度読み手を選ぶきらいはあるかもしれません。
 そして反面で事件の解決はあっさりし過ぎといった印象ですが、それは物語における核を事件そのものよりもミツヲの記憶の解明に置いたためと言えるでしょう。そのための仕掛けとしての読者を錯誤に引き込む物語のつくりは緻密であり、タイトルの意味が明らかになるエピローグを読み終えると、冒頭部分に再び読者を引き戻す構造の上手さは秀逸と言えるでしょう。
 シリーズ初の長編ではありますが、腕貫さんは本作ではあくまでも影の立役者であり、本作の物語中での登場場面は決して多くはありません。その意味で本作は、前作までを踏まえた上での、シリーズの番外編的な物語とも言えるかもしれません。