伊坂幸太郎 『死神の浮力』

死神の浮力

 1年前に娘を殺されて以来、その喪失とマスコミの心無い取材攻勢で痛めつけられ続けた作家の山野辺。犯人である本城が、逆転無罪の判決を受けて釈放されるのを受け、山野辺は妻とともに復讐のために本城を追い詰めるべく行動を始めます。そしてそのタイミングで山野辺の前には、7日間の観察を経て、その人間が死ぬべきか否かを判定する死神の千葉が現れます。どうやら上の方には対象者の死を「見送り」にさせたい思惑があるらしい中、千葉は山野辺の復讐に同行して過ごすこととなります。ですが、そんな山野辺の行動は本城に読まれており、彼らは次々に窮地に陥ることとなります。

 連作短編集であった『死神の精度』の続編であり、じっくりと読ませる長編。
 娘を殺した犯人でありながら、策略を用いて無罪判決に持ち込み、さらに被害者である山野辺をどこまでも残酷に貶め続ける本城。本城によって人生を破壊され、復讐をしようとする作家の山野辺。そして1週間の間にその人間に死を与えるか否かを決める死神の千葉が彼らの間に絡むことで、物語は復讐をしようとする山野辺にとっても、また優位に立ち続けてさらに山野辺を貶めようとする本城にとっても、予想だに出来ない方向へと転がって行きます。混乱しまくったこの事態を収拾するべくして辿り着く結末での伏線の回収は、著者らしい鮮やかで見事なものとなっていて、苦くも爽やかな読後感もまた著者の良い持ち味を存分に発揮したものと言えるでしょう。
 山野辺は復讐を果たせるのか、あるいは犯人である本城が常に先回りするように仕掛けてくる罠をどう抜け出すのか。そして千葉は対象者の死の可否をどう報告するのか。これらが全てが絡み合う結末は、単純なハッピーエンドとは違っているからこその余韻があるものなのでしょう。
 ある意味、初期の伊坂幸太郎の怒涛の伏線回収の末の痛快さもあり、『あるキング』などでの登場人物も読者突き放した作風を思わせるものもありという、現在進行形の著者だからこその結末と言えるのかもしれません。