中田永一 『百瀬、こっちを向いて。』

百瀬、こっちを向いて。 (祥伝社文庫)
容姿も良くない、スポーツや勉強が特別できるわけでもない、教室での「人間レベル2」の人間と自分を評する主人公は、幼馴染の先輩とその彼女に関わる問題で、自分とは正反対のような美少女の百瀬と付き合うことになってしまいますが…(『百瀬、こっちを向いて。』)。
海で事故に遭ってから5年間眠り続けた姫子と、事故当時姫子が家庭教師をしていた小学生の小太郎。5年の間に変わった二人の関係に戸惑いながらも、5年前の事故の全てが明らかになり、そして彼女は再び歩き始めます(『なみうちぎわ』)。
親戚からテープ起こしのアルバイトを請け負った小林久里子は、雑誌のインタビューに応じた作家の北川誠二の声に聞き覚えがあることに気付きます。覆面作家である北川誠二が身近にいたことを知った彼女と、北川誠二との物語(『キャベツ畑に彼の声』)。
クラスの中で目立たない地味なグループに属している柚木は、過去に自分の容姿が原因で心に傷を負っていたために、化粧で敢えて顔を不細工に偽装していました。偶然に素顔の時にクラスメイトの山本寛太と会ってしまい、咄嗟に柚木の妹だと名乗ってしまいますが…(『小梅が通る』)。

 乙一の別名義のひとつ、中田永一名義で発表された短編集。
 全4編、ほろ苦さを含んだ恋愛小説は、決して甘く切ない一般的な「恋愛小説」ではなく、淡々と綴られる主人公の心情はどれも最後までどこか客観的な視点を保ち続けます。
 その全ては、最終的にハッピーエンドであったりバッドエンドであったりと、完璧なエンドマークを付けることがないからこそ、淡い恋心の瑞々しさと、リアルで生々しい「人間」の感情のようなものを感じさせることが出来る作品になっているのかもしれません。