石持浅海 『彼女が追ってくる』

彼女が追ってくる (祥伝社文庫)

 かつて勤めていた会社の社長が主催する、箱根で宿泊して親しい経営者仲間と語り合う「箱根会」。ある出来事の後にこの会社を辞めた後に起業してそれなりに成功し、この「箱根会」に呼ばれた夏子は、今年は自分とともに会社を辞めたかつての親友もこの会に呼ばれることを知ります。この機会に彼女を殺すことを決意した夏子は、計画を練って彼女を殺害することに成功しますが、翌朝発見された彼女の遺体が、夏子に覚えのないカフスボタンを握っていました。このことで、殺したはずの彼女との勝負がまだついていないように感じた夏子ですが・・・。

 最初から犯人が分かっており、いかにしてその犯人のトリックを崩すかを主眼とした倒叙形式で描かれる「碓氷優佳シリーズ」の三作目。
 ピーター・フォーク演じる「刑事コロンボ」シリーズなどは、同じ倒叙でありながらも、あくまでも卑劣な犯人の犯行を如何にして暴くかというところに読者の意識もありますが、本シリーズではその辺りのスタンスが、やや異なっていると言えるでしょう。それは、本作は勿論、シリーズの既刊作品にしても、終始一貫して犯人側の視点で物語が進むこともあり、読者の心情が犯人に沿うものになっていることに起因しているのかもしれません。読み手は犯人――本書においては夏子――に共感し、出来れば彼女の犯行を完遂させてやりたいとさえ思ってしまうのは、それだけ犯人の内面が深くまで描かれているからと言えます。その意味で既刊作品同様に本作でも、どこまでも人間的であるところが魅力である犯人の夏子と、探偵役を務める終始第三者に徹した碓氷優佳の冷徹な魅力とが、実に良く対比している形になっています。
 さらには、本作は基本が倒叙作品でありながらも、やや変則的な要素を含んでいる点にも特徴があります。
 物語は、計画の末、首尾良く犯行を遂げた夏子が不測の事態に慌てるも、無事に翌朝に自然な形で遺体の発見に立ち会うというところまでは、オーソドックスな流れであると言えます。ですがその先からは、「何故被害者は、カフスボタンを握って死んでいたのか」という、相手の見えないホワイダニット、あるいは、「誰がそれを為したのか」のフーダニットをも含む問題が物語の中心的なものとなってきます。
 そして、最終的に夏子の犯行が暴かれ、カフスボタンの謎も明かされるに至ってはじめて、それまでは決して存在感の強くなかった碓氷優佳の放つインパクトが、「その方が、美しいから」という冷徹なひと言により、何とも強烈なものとなって迫ってきます。そして、突き落とされるような救いのない結末なのに、何故か不思議な爽快さすらもっているラストもまた、「これしかない」という完璧な終わり方になっていると言えるでしょう。