乙一 『僕のつくった怪物 Arknoah 1』

僕のつくった怪物 Arknoah 1 (集英社文庫)
 クラスメイトにいじめられていた弟のグレイを助けたことで、自分も上級生やクラスメイトから陰湿ないじめを受けることになったアール。兄弟は学校を、そして自分たちをいじめるクラスメイトや上級生たち周りの人間を恨みながらも、どうする事も出来ずに悔しい思いをしながら日々を送っていました。そんなある日、亡くなった父の遺した「アークノア」という本を見つけ、アールとグレイの兄弟は異世界へと迷い込んでしまいます。いくつもの「部屋」で構成される奇妙な世界アークノアで二人は、「ハンマーガール」と呼ばれる少女とともに、彼ら自身がつくりだした怪物を倒さねば元の世界に戻れないと言われますが・・・。

 理不尽な暴力やいじめで鬱屈した少年の暗い心情を、ファンタジー的でやわらかな空気感を持つ世界のなかで描くという、著者らしさに満ちたシリーズ第一作。昨今の、大人が読んでも十二分な読み応えのあるファンタジー系の児童書という範疇に、おそらくは本書も入るのでしょう。
 ここ暫くは、残酷さや怪奇性を全面に打ち出した山白朝子名義、清々しさや切なさを感じさせる作風の中田永一名義での執筆や映像制作分野での仕事が多かったらしい著者ですが、そうした意識的な作風の使い分けを経て描かれる、どこか人間の暗い側面を内包した、大人と子供がそれぞれの視点で読むことのできる童話的な作品世界が本作にはあります。
 まだシリーズ一作目で、主人公がどのような成長を遂げるのか、そして彼は現実に戻ることがあるのか、また、現実に戻った時にはどうなるのかということだけでなく、多彩な側面を見せるアークノアという世界の全容も描き切れてはいませんので、その辺りも次作以降が楽しみです。