カーター・ディクスン 『黒死荘の殺人』

黒死荘の殺人 (創元推理文庫)
 友人のディーン・ハリディから請われて幽霊屋敷でひと晩一緒に過ごして欲しいと頼まれたブレークは、知人のマスターズ警部を伴って黒死荘へと赴きます。黒死荘はかつて黒死病が猛威をふるった時代に、ルイス・プレージという男にまつわる不気味な事件が起こった場所でした。折しも彼らが到着した黒死荘では、ディーンの伯母と婚約者が傾倒する怪しげな降霊術師のダーワーズが離れに建てられた石室で儀式を行うためにこもっていました。ブレークらはこの男の化けの皮を剥いでやろうと乗り込みますが、そこでは過日ロンドン博物館から盗まれたルイス・プレージの短剣を使っての殺人事件が起こります。

  旧題「プレーグ・コートの殺人」。フェル博士と並ぶ(あちらはJ・D・カー名義で、こちらはカーター・ディクスン名義という違いはありますが)名探偵役をつとめるHM卿が初登場する作品。とはいえ中盤までは物語の記述者のケン・ブレークと組むのはマスターズ警部であり、HM卿の名探偵としての存在感は他のシリーズ作品ほどではないかもしれません。HM卿初登場の作品ということで、まだ登場人物たちの設定が固まりきっていなかった部分もあるようで、後の設定とはやや齟齬が出てくる箇所があるのもご愛敬。
 序盤から中盤は、いかにも胡散臭い降霊術師と屋敷で起こる呪いめいた怪奇事件という、カーの代名詞のような作風で物語は展開します。それがHM卿が捜査を主導するようになった中盤以降では、一見して怪奇性に満ちた不可能犯罪を、トリックの解明をもってして論理的に解体するという、その過程の面白さが本作にはあります。そして、前半の怪奇性を論理的に回収するトリックの数々はどれも独自性と奇想に満ちており、直球で本格ミステリの醍醐味を味わえる一作と言えるでしょう。