1冊

山白朝子 『死者のための音楽』
死者のための音楽 (MF文庫ダ・ヴィンチ)
小刀で腹を刺されて助けを求めてきた娘は、寺の和尚に助けられて一命を取り留めますが、自分の名前すら覚えていませんでした。彼女の父親は物取りに殺されて、死体となって発見されますが、やがて娘が身籠った子供は、彼女の父親そのものであるかのような記憶を持っていました(『長い旅のはじまり』)。
血も涙もない金貸しの息子として何不自由なく育った男は、ふとした拍子に落ちた井戸の中で、美しい女に出会います。外には決して出ようとしない雪と言うその女のもとに通うようになった男ですが、父親に命じられて結婚を強いられることとなります。そんな中で、雪の持っていた古い布から彼女の素性を知った男は…(『井戸を下りる』)。
工場の近くで少年が拾った金色に輝くコガネムシは、本物の黄金でした。母親とともにその金を拾った場所へ行くと、沢山の虫やミミズの形をした金が落ちていました。少年とその母親は、その場所で金を拾い集めて家に持ち帰りますが、ひょんなことから、工場から出た廃液をかぶった生き物が金に変わるのだと知ります(『黄金工場』)。
仏師の弟子のもとに、仏像を彫りたいという少女が訪ねてきます。人を殺してきて、近いうちに自分は捕まって縛り首にされるだろうと語る少女ですが、彼女の彫った生き物は、本当に命を得て動き出すほどの出来でした。師匠からは弟子をとる余裕がないと断られた少女は、弟子である主人公から仏像を彫るための様々な知識を教わり、やがて主人公が嫉妬心を抱くほどの才をもって仏像を彫り始めます(『未完の像』)。
姿を消した子供たちの首だけが川を流れてきて、それを熊の仕業だとした村人たちは、山を焼き払うことを決めます。ですが、それが熊野仕業ではなく、鬼の仕業だと知る老人と双子の姉弟がいました(『鬼物語』)。
カラスのように黒いものの、見た事もない鳥が傷ついているのを助けた父子は、やがてその鳥が人間の心を解して彼らが望むものを持ってきてくれる知能があることに気付きます。そうして三年もの間鳥と父子の暮らしは続きますが、それは父親が殺されてしまったことで潰えてしまいます(『鳥とファフロッキーズ現象について』)。
自死を図った母親と、その娘。昔川でおぼれて死にかけた時に聞いた音楽を探し続けた母親は、その音楽を探すうちに、貧しい中でも音楽の知識を深めていきます。そんな母と娘は、互いに自らの人生と思い出を振り返りながら、交互に相手に語りかけます(『死者のための音楽』)。

 乙一覆面作家として別名義の「山白朝子」で発表した作品集。乙一のデビュー作『夏と花火と私の死体』でもそうであったように、どこか死というものに対して俯瞰的な視点でもって描かれる作品は、丁寧な文体が生み出す情緒と独特の暗さを持って読者の前に迫ってくるものと言えるでしょう。
 ホラーと言う言葉が直接発する「恐怖」のニュアンスよりも、人の愚かさと小さな愛情の寓話とでも言うべきテーマを感じられるものを内包する作風と言えるかもしれません。
 遠野物語的な和製ホラー譚のようなテイストの作品と、ファンタジーのような不思議譚、そして人間の欲や愚かさと同時に持つ愛情を描いた物語など、多様なアプローチの7編が収録された一冊ですが、これらの全てを通して一人の作家の持つ同じ世界観といったものを見ることが出来るでしょう。