小泉喜美子 『血の季節』

血の季節 (宝島社文庫)
幼女を惨殺した殺人事件の被告人が、弁護士が精神鑑定のために呼んだ医者に対して自身の過去を語ります。被告人の男が過ごした、戦前の幼年期。そこで出会った外国の公使館に住んでいた金髪碧眼の兄妹。抑圧された時代の中、少年の人格を形成したものは何だったのか。そして、事件はいかにして起こったのか。

ミステリの名作としては頻繁に名前が挙がっていたものの、長らく絶版状態だった作品が復刊ということで。
著者は訳者として、かのP・D・ジェイムズの『女には向かない職業』などを訳した方でもあります。
ミステリなのかホラーなのか、その真相の解釈は読者に委ねられる部分が大きい作品ですが、いずれにせよ少年の昏い愉悦が形成される過程が、独特のノスタルジックな回想として描かれる辺りも、際立った魅力となっています。
帯で恩田陸が「吸血鬼+サイコパス+警察小説。彼女はもう、この時全てをやっていた」と記しているように、この種の作品を既に1982年に上梓していたという、特筆すべき一作。
犯罪者の回想と告白から彼の心の成り立ちが浮かび上がる本作とは若干アプローチは異なりますが、プロファイルという手法で犯罪者の生い立ちや心の形成過程を着目した作品は、ロバート・K・レスラーが書いた『FBI心理分析官』が日本で話題になったのが1990年代、トマス・ハリスの『羊たちの沈黙』が1988年ですので、著者のセンスが当時いかに先を行っていたのかという点は注目すべき点かもしれません。