東城大学に医学部生として在籍しながらも留年を繰り返す天馬大吉は、幼馴染で記者の別宮葉子の策略で、碧翠院桜宮病院へと潜入することになります。天馬たちが昔から「でんでんむし」と呼んでいたその病院は、院長の桜宮巌雄の双子の娘、小百合とすみれがつくる独自の終末医療を行っていました。
当初はボランティアとして入り込んだ天馬ですが、運悪くトロい看護師の姫宮のせいで怪我をし、この病院に入院することになります。そしてそこで、次々に人が死んでいくのを目の当たりにします。
影で囁かれる桜宮病院の黒い噂は本当なのか、そして人が死に過ぎるこの病院では何が起こっているのか。
『チーム・バチスタの栄光』から続くシリーズの実質的な第3弾ですが、本作では舞台が東城大学ではないので、田口らの出番はほとんどありません。ただ、『ナイチンゲールの沈黙』で残されていた伏線を引き継いでの内容ですし、前2作では名前だけの登場であった白鳥のただ一人の部下である「氷姫」姫宮が登場するなど、確実にシリーズとしての世界構築を進めている印象はあります。
本作においても著者の持ち味である、登場人物の個性で物語を引っ張っていく力は健在で、前作までの印象からは想像できなかった意外なキャラクターであった姫宮や、田口という抑え役を持たない白鳥の暴走っぷりなど、シリーズ読者はそれなりに楽しめるつくりになっていると言えるでしょう。
ただし、天馬の視点であるために、田口の視点ようにそれぞれの登場人物に対する深い洞察が無いために、前2作に比べると人物の掘り下げが結果的に浅くなってしまった気もします。
また、広義のミステリとして読むのであれば、やはり伏線の弱さが目に付くという部分も指摘出来るでしょう。桜宮病院で行われていること、医療の闇の部分というものについては流れ的に予測可能でありながらも、きちんと張り巡らされた伏線があるわけではなく、逆に伏線となっている部分では手掛かりがあまりにもあからさまに感じます。終盤で明かされる真相も、予想しなかった意外な繋がりは明かされるものの、その全ては登場人物の告白という形で明かされるだけに、推理という要素では今まで以上に薄いのではないでしょうか。
もっとも、本作もまたシリーズ作品の中での一通過点という感じもありますし、天馬ら本作で登場した人物が、シリーズのレギュラーの中に入ってまた異なる視点でどのように描かれるかは楽しみな気がします。
本作では主人公を務めた天馬の成長物語という面もありますが、次作以降では一皮向けた天馬が田口をはじめとする東城大学の人々や白鳥たちとともに、本作から引き継がれる「闇」とまた向き合う物語になるのを期待したいです。