ロンドンの街を巡回中のワトキンス巡査が遭遇したのは、巨大なくちばしを持つ鳥の仮面とマントをまとった「ペストの医者」の姿をした自称ドクター・マーカスでした。不審なものをおぼえて尋問をしたワトキンス巡査ですが、この怪人物が去った直後、今しがた調べた時には確かに何もなかったゴミ箱には、若い男の死体が入っていました。事件を調べるうちに、この被害者の下宿先に三人の「ペストの医者」が訪問していたことが分かります。そして彼らは、被害者がペストにかかっているのだと主張して担架で運び出そうとしますが、下宿の管理人が見守る中で被害者の姿が担架の上から忽然と消えていました。ひょんなことからこの事件の背後には、売れっ子のミステリ劇作家のゴードン・ミラー卿と、彼のパートナー的な役者のランサムの二人がいるらしいことを、ツイスト博士は知ることになります。そして証言が真実なのか、虚偽なのか、考えられる可能性が6通り挙がる中で、ツイスト博士は、真実と虚偽がないまぜになっている「七番目の仮説」を示唆します。
怪奇趣味に満ちた冒頭の謎の提示、明かされてみれば単純なトリックなど、まさにカーを思わせる空気に満ちています。そうした部分で本作は、現代作家の持つ高いエンターテインメント性と、古典本格の雰囲気の良い所が合わさっている作品であり、いつもながらに「読みやすいカー」といった雰囲気の著者の特徴が良く出た1冊。
犯人が冒頭のように大仰な状況を演出する必要があったのかどうかという点については若干の引っかかりも覚えますが、ごく単純なトリックと、その背後にある人間関係から必然的に生じる動機との組み合わせが非常に上手く絡んでいると言うことは出来るでしょう。
そして、タイトルの「七番目の仮説」に含まれるように、「真実」と「虚偽」を操った犯人の狡猾さと、その全てが明らかになる結末が実に綺麗に繋がり、ひとつの物語として完結します。
最初から明らかに怪しいゴードン・ミラー卿と役者のランサムの二人組が、非常に頭の切れる「敵」としてツイスト博士に挑戦するような流れが、終盤で逆転するさまも鮮やか。
死体の出現と人間消失のトリックそのものは、明かされてしまえば「何だそれだけか」というものですし、上述したように怪奇性の演出の必然性では若干の弱さもあるものの、「本格ミステリ」の醍醐味ともいえる空気を楽しめるアルテらしい作品でした。