紅玉いづき 『ガーデン・ロスト』

ガーデン・ロスト (メディアワークス文庫)
 人に頼まれると嫌とは言えないお人好しのエカ。漫画のキャラクターや芸能人といった「王子様」に夢を見つつ、男たちとの誠実とは言いがたい付き合いを繰り返すマル。背が高く男のような格好が似合い、自分の中の女の子らしさを否定するオズ。シニカルに他人に対して接してしまうシバ。四人の女子高生は、部室という彼女らだけの居場所を与えられ、そこでつかの間のぬるま湯のような時間を過ごしながらも、否応もなく変わっていかざるを得なくなります。

 現代小説は本作が初となる著者の作品である『ガーデン・ロスト』は、著者自身が後書きで言っているように、失楽園ならぬ「失花園」の物語となります。
 夢見がちな少女は、実は自分自身が見ているのが夢であり幻想であることを知っていて、それでも現実には存在しない自分の夢の世界との接点として、彼女たちだけの空間の居心地のよさを感じています。
 文通相手を介して「恋をしている」エカは、その恋が幻想であることを理解しつつも、文通相手の気持ちと同時に自身の幻想を守るために、「恋をしている」自分の世界を愛しみます。
 そしてエカとは逆に、現実の男性との交際を繰り返しながらも、その「恋」は自分の幻想の投影でしかないことをマルも理解しています。現実の男を軽蔑しつつも、ある種自分の幻想の達成のために男を利用するマルもまた、子どもでも大人でもない、そして女ではなくどこまでも「少女」という生き物のある面を象徴したキャラクターとして描かれます。
 さらには、自らの少女性、女性を否定しながらも、自分自身が相手のイメージを助長するかのような演技をしていることを理解しているオズ。自分の思い描く幻想が実現されないフラストレーションを友人たちを傷つけるという形でぶつけるしか出来ないシバ。彼女らもまた、どこまでも未成熟なパーソナリティのなかで足掻く、痛々しい「少女」という生き物の具現として描かれます。
 やがて否応もなく現実に向き合うことになる彼女らは、それぞれの通過儀礼を経て自身の幻想と現実との折り合いをつけるという、「成長」を余儀なくされます。それは、文通相手の嘘を嘘だと受け容れることであったり、本当の恋をすることであったり、自分の中に押し込めていた気持ちを解放することであったり、またあるいは怒りで誤魔化すことなく自身の弱さを認めることで、成し遂げられます。
 ですがそれは同時に、彼女らの心地よい幻想の世界との別れであり、卒業という形でもって訪れる「失花園」につながります。
 痛々しさを抱えながらもどこか心地よい少女時代の終焉というテーマは、桜庭一樹の作品の一部にも通じるものがあります。本作においては、それは哀しみを孕みながらも肯定的で明るいものではありますが、どこまでも生々しく痛々しい少女たちの姿が印象的な作品。