紅玉いづき 『雪蟷螂』

雪蟷螂 (電撃文庫)
 雪深い山間部に住む戦いを生業とする部族フェルビエ。誇り高き雪蟷螂と呼び習わされるフェルビエの女族長のアルテシアは、長らく戦いを続けてきた部族のミルデの族長のもとへと嫁ぐことが決められています。ですが、二つの部族の和平をもたらすはずの婚姻は、ミルデの族長のオウガが明らかにしたあることで困難になります。部族の誇りを賭け、アルテシアは自分の影武者のルイに後を託し、近衛をつとめるトーチカ一人を連れて盟約の魔女を訪ねます。

 著者の作品の中では今のところ、最もストレートに「恋」をテーマに据えたとも言える一作。
 主人公であるアルテシアを含め、本作に登場する三人の女たちの、雄を食らう雌蟷螂のような激しい恋情を描いた作品。三人の女性の激しい生き様や気性の魅力は感じられるものの、一方で彼女らの相手となる男たちに関しては、必ずしも十分な掘り下げがなされていない人物もいたという点は指摘できるかもしれません。中でも間違いなく重要人物の一人であるトーチカ辺りは、その重要性の意味が明らかになるまでは抑えた書き込みということはあっても、もうひとつ掘り下げがあっても物語に説得力が増したのではないかという印象も拭えません。
 登場人物から一歩引いたような視点を保つからこその著者の作風は、既刊作品においてはファンタジーというよりは御伽噺という色彩が強かった印象はありますが、本作はこから一歩踏み出して、従来以上にライトノベル的なファンタジーというものへのアプローチがなされていると言えるかもしれません。
 相手を喰らい尽くすほどの激情の恋が、厳しくも静謐な真冬の中に描かれる、その風景の美しさが印象的な作品。