紅玉いづき 『サエズリ図書館のワルツさん1』

サエズリ図書館のワルツさん 1 (星海社FICTIONS)
 戦争を経てそれまでの社会システムが破壊され、電子データではない「本」は貴重な骨董品のような扱いとなった世界。そんな世界の小さな町で、父親から受け継いだ膨大な図書を広く一般人に貸し出しをする私設図書館の「特別探索司書」のワルツさん。図書館にある貴重な本を惜しげもなく貸し出しをする反面、一冊たりとも他の誰かに渡すことは認めない彼女と、図書館を訪れる人々との間の物語。それまで本を読む趣味などなかった失敗ばかりのOL。自分の娘を含め、子どもたちに様々なことを伝えようとする本が好きな教師。祖父が図書館に寄贈した本に執着しながらも、本の価値に否定的で憎しみを露わにする青年。図書館から1冊の本を盗んでいった女性と、その1冊の本を追って旅に出るワルツさんの物語。

 手に取って触れることのできる「本」という媒体は、モノだからこそいつか形は失われてしまう――なればこその価値があり、電子媒体では感じ得ない、手に取った人の想いが伝わる媒体となっています。
 電子書籍が台頭してきた現代でも、「本」の形が好きだという、おそらくは多くの読者が理解できる想いが、著者お得意のどこか童話的な空気を感じさせる穏やかな作品世界の中で、本作では一貫して語られることとなります。
 デビュー作から色濃く感じさせていた童話的、あるいは寓話的な物語の色彩は、『ようこそ、古城ホテルへ』のシリーズなどでジュブナイルという土壌を経たことにより、初期作品にあったような強過ぎる個性は中和され、本作では読者と物語の距離感を適切に縮めたようにも思えます。
 そして、終始穏やかな空気の中で物語られる書物への「想い」は反面、登場人物の一人が口にする「行きすぎた執心は病だ」という、「本」という媒体であるからこそ生まれる激しい執着を秘めても描かれます。そこには、物語が進むことでワルツさんと図書館、そして彼女の養父との関係があり、ワルツさん個人の想いがクローズアップされればされるほど、彼女が一冊たりとも図書館の本を他人には渡さない――「わたしのものだから」という、激しい所有欲を当然のように口にするワルツさんというキャラクターが伝わってくるようになっていると言えるでしょう。
 また、物語の世界観に関して言及すれば、最初の一話目ではどちらかと言えば、ごく普通の小さな町の私設図書館を舞台にした、単なる「ちょっと良い話」のようにも思えます。それが、少しずつ物語を重ねて行くにつれて、自然に読者の中に「戦争」を経て紙媒体が失われ、「本」というものが希少な嗜好品となったという特殊な世界観が定着し、同時にワルツさんという存在が、徐々に物語の中心にやってくるという構成になっています。
 本書の最終話である第四話では、ようやく物語の視点はワルツさんになり、それまでは小出しに語られていたワルツさんと彼女の養父のこととともに、平和な町を出た物語世界の姿が、読者の前初めて具体的に現れます。おそらくは、この1冊で物語の世界を読者に対して提示し、これからの展開の素地を作った部分もあるのでしょう。
 電子書籍という、データの形ではなく、あくまでも手に取ることのできる「本」という存在に愛着を感じ、本が好きな読者であれば共感出来るであろう作品。