パトリシア・コーンウェル 『業火』

業火
 かつて姪のルーシーを利用し、連続殺人鬼とともに怖ろしい犯罪を犯し、いまだにケイやルーシーに影を投げかけた狡猾な女性犯罪者のキャリーから、ケイのもとへと脅迫状とも取れる不気味な手紙が送られてきます。キャリーの落とす影に心を乱されながらも、事件の知らせを受けたケイは富豪の所有する農場で発見された死体の検屍を行いますが、この事件は放火であると同時に他殺である痕跡が見えてきます。そんな最中、隔離施設に収監されていたはずのキャリーが脱走したとの報せを受け、ケイとルーシー、そしてベントン・ウェズリーは自分たちがキャリーに狙われていることを新たに再確認する羽目になります。

 まず本作は、シリーズ作品の中でも、かなり過酷な展開が繰り広げられていると言える1作でしょう。自身の娘と言っても良いほどの深いつながりを持つ姪のルーシーの苦境に心を痛めているさなかに、彼女を窮地に引き摺り込んだ邪悪な意図を持つキャリーその人が再登場する本作では、テンプル・ゴールトとの攻防以上に、「復讐」という動機が明確であるだけに、キャリーの存在の不気味さが前面に出ていると言えます。そして、歪んだ意志を持ってケイやルーシーに迫ってくるキャリーという「敵」の存在が差冒頭から明らかであることで、サスペンス的な雰囲気を上手く盛り上げていると言えるでしょう。
 これまでの作品でもその傾向はありましたが、このシリーズでは主人公が刑事ではなく主に死体を相手にして捜査を行う検屍官であるために、犯人との直接的な接触や会話は少ないことは指摘出来ます。ですが本作においては、直接的に描かないことでかえって、モンスターと言うに相応しい犯罪者の姿を見事に描き出すことに成功しています。
 いかに魅力的に邪悪な犯罪者の歪みを抉り出すかという点で、本作はシリーズ中でもインパクトが強く、またストーリー展開も散漫にならないギリギリの線で起伏に富んでいるものと言えます。