今邑彩 『盗まれて』

盗まれて (中公文庫)
1年前に死んだ兄の友人のもとを訪れた香子は、兄が死の少し前に掛けてきた「部屋の中が桜の花でいっぱいだ」という謎の電話のことを語ります(『ひとひらの殺意』)。
サワモトとの婚約をしたモモコは、かつての同僚のサチヨとの電話の中で、サワモトと付き合うきっかけになった彼女の部屋の話をします。その部屋での生活を始めたモモコに、ドッペルゲンガーがいるのではないかと疑うような出来事がいくつも起こります(『盗まれて』)。
会社社長の非嫡出子の健史のバイト先に現れた男は、健史の父親の会社をリストラされた恨みを晴らすための誘拐の計画を持ちかけてきます。誘拐する子どもは殺さないというこの計画に、健史も手を貸すことになりますが…(『情けは人の……』)。
人気の女流作家のなおみは、彼女のゴースト・ライターだった男が死んでしまったことで窮地に陥ります。「死んでもきみのそばにいる。幽霊になっても小説を書き続ける。これが本当のゴースト・ライターだ」などと言っていた男の約束(『ゴースト・ライター』)。
犬好きだけれども、無意識のうちに可愛がっていたはずの犬を虐待して殺してしまうから、犬を飼うことが出来ない――そんなことを話した老婦人は、彼女が子供の頃に他所の男と駆け落ちをした母が、やはり飼い犬を虐待していたと言いますが…(『ポチがなく』)。
嫁いだ先で、夫がまだ生きている母親に毎年白いカーネーションを贈ることに疑問を持つ佳奈子に、義母はかつての自分が「死んだ」話をします(『白いカーネーション』)。
作家になった女性が、父親が付けた「茉莉花」という本名を嫌いになったのは、一通の手紙をきっかけに、それまで知らなかった父親のもう一つの姿を知ったからだと語ります。中学生だった彼女が、単身赴任をしていた父親のもとに離魂することで訪れたような出来事の真相とは(『茉莉花』)。
離れて暮らす母親から転送されてきた手紙は、かつての同級生からの黄ばんで古くなった封書でした。「あの夜、あなたが津山先生のアパートから出てきたのを私は見てしまいました」という手紙に愕然とした八代は、指定された場所で手紙を書いた同級生と会うことにしますが…(『時効』)。

 全8篇、いずれも手紙や電話が重要な小道具となっている短編を集めた1冊。
 小さな手掛かりから兄の最後の電話の意味を解き明かす『ひとひらの殺意』は鮮やかではあるものの、本書の中ではわりと直球にミステリとして落としてきた作品と言えるでしょう。
 『ポチがなく』も、ある種安楽椅子探偵ものの手順を踏んで物語りは展開しますが、そこに描かれる情念が、何とも冷え冷えとしたものを感じさせてくれます。
 『茉莉花』は、アイディアそのものの面白さと、決して直接的には描かれないものの、主人公の憎悪とでもいうものが透けて見える辺りが、ホラーの分野でも活躍する著者らしさをうかがわせます。
 そして、悪意の連鎖の浮かび上がる『盗まれて』や、最後に掛かって来る電話でハッとさせられる手の込んだ結末の『ゴーストライター』は、途中から何となくカラクリが読めた気がしたものの、その予測を上回る結末で終わります。
 また、冷たい親子関係を仄めかしながらも、『白いカーネーション』や、『時効』、『情けは人の……』などは、最後にはそれまで思っていた構造がガラリと逆転する凝った結末の演出がされ、そこに描かれていた悪意と、逆にホッとさせるような親子関係が、入り組んだ事件の末に見えてくる辺りの、バランスが絶妙な短編と言えるでしょう。