セバスチャン・フィツェック 『ラジオ・キラー』

ラジオ・キラー
 長女を喪った痛手から立ち直ることが出来ず、死ぬことを決意したイーラですが、突然交渉人として、ラジオ局に立てこもっている犯人との交渉の場に引っ張っていかれます。そしてラジオ局の犯人は、無差別に電話帳から選んだ電話番号に電話をしてキーワード、『101.5を聞いている。人質を一人解放しろ』を答える懸賞クイズの成否によって、一度に付き人質一人の解放か殺害かを決めると言います。強行突入をしようとする本部長とぶつかりながらも、イーラは真摯に交渉人として犯人との対話を始めます。ですが、犯人の要求は、交通事故で死んだ彼の婚約者のレオニーに会わせろ、というものでした。

 犯人の過去の回想シーンとして、レオニーの謎の電話と彼女の死を告げる衝撃的なプロローグから、イーラの自殺の決意幕開けにはじまり、物語はまさに「息をもつかせぬ展開」を見せます。
 犯人のヤンは、長女の死から立ち直れずにいるイーラの口から彼女の耐え難い傷を暴くことを要求し、二人の電話交渉を通じ、読者もまた、レオニーの謎の「事故死」とイーラの心の傷に踏み込むことになります。ですが、ここでのヤンとイーラの駆け引き以上に、事件の背後にいる見えない敵との駆け引きが、事態が動いていくとともに表に出てくるのが本作の面白いところ。
 そして、陰謀を匂わせる何かが事件の背後に仄めかされながら、次々にめまぐるしく事態が展開していく面白さ、そして終盤で真実が二転三転する様は、どこかジェフリー・ディーヴァーの小説にも似たスピード感を持っているといえるでしょう。
 最後の着地点をどこに持って行くのかは序盤では中々見えず、スピード感溢れる展開に乗せて魅力的な謎の提示を成功させており、ストーリーテリングの上手さとともに読者に対する「掴み」という部分でも高く評価出来る物があるでしょう。さらにはそれぞれの事情や心の傷を抱えた魅力的な登場人物たちが辿り着く結末も、非常に上手い落としどころを見せており、謎、ストーリー展開、人物、リーダビリティなど、エンターテインメントの様々な要素が高い水準での結実を果たしています。
 ですが反面、ある程度事態が明らかになって以降になると、特に終盤ではもっと深いカタルシスを演出し得る要素を備えているだけに、急展開過ぎる展開が些かもったいない部分もあるかもしれません。
 ですがいずれにせよ、徹底したエンターテインメント精神の発揮された作品であり、娯楽小説としての高い水準を見せ付けた一作であることは事実でしょう。