キャサリン・コールター 『旅路』

旅路(二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション) (二見文庫 コ 5-8 ザ・ミステリ・コレクション)
 抵抗どころか逃げようとすらしなかった母を殴り続けてきたロクでなしの父親が殺され、その重要参考人として追われるサリーは伯母を頼ってコーブという老人ばかりが住む静かな町へ逃げてきます。一方、付近で3年前に失踪したという人物を探している私立探偵という触れ込みで、サリーを追うFBI特別捜査官のクインランもこの町にやってきます。心を病んで半年前から入っていた精神科の高級施設から逃げ出したというサリーのプロフィールに反し、実際の彼女が正気であることを確信するクインランですが、夜中に女の悲鳴を聞いたと騒いだり、挙句の果てには死んだはずの父親からの電話が掛かったのだと怯えるサリーに接し、事件が一筋縄では行かないことを感じます。

 『迷路』『袋小路』『土壇場』『死角』のFBIシリーズの第一弾。
 作品の時系列では本作が最初ですが、日本ではサビッチとレーシー・シャーロックの二人を主人公にしたものを先に翻訳・刊行した都合で、本作はこれまで未訳だった模様。
 本作はサビッチの同僚のクインランと陰謀に陥れられて逃走するヒロインのサリーを主人公にしており、既刊作品とはスピンオフ関係にあります。
 シリーズ既刊作品との違いを挙げるとすれば、これまでに翻訳された4作はいずれもメインの視点を捜査官であるシャーロックとサビッチの側に置いているために、同時進行で全く異なった事件を扱うことになっているのに対し、本作では事件の渦中にあるヒロインのサリーがメインの物語であるので、全てが綺麗なひと繋がりを見せている点を挙げることが出来ます。
 ただし、本作で描かれる事件の構造は決して単純とは言えず、誰にも信じてもらえない状況にサリーを追い込む執拗さといい、一つ一つの犯罪の念の入れようといい、またそれを成立させる人間関係の構築といい、しっかりとした土台の上に読者を引き込む勢いを持った物語であると言えるでしょう。
 さらに、同情の余地のない犯罪と、同情する気にはならずとも解決後も決して単なるハッピーエンドと割り切れない気分にさせる犯罪者たちの末路が残す読後感は、丁寧に脇役たちを描いたからこそのもの。事件の真相が普通であれば到底リアリティを持ち得ないものであっても、物語中においては成立するものであるのには、犯罪の異常さと一見のどかな小さな町の姿の対比が鮮やかなこともひと役買っています。
 難を挙げるとすれば、サリーの母親の終盤でガラリと変わる行動の説得力や理由付けといったものが今ひとつ弱いということは言えるかも知れません。
 また、タイトルの邦訳『旅路』は漢字熟語のみというシリーズの体裁に合わせたのでしょうが、些かパッとしない印象はあります。(原題である"The Cove"という言葉をタイトルに持って来た著者の意図やニュアンスを邦題に持ってくることが困難なのは事実ですが。)
 総じて映画的とも言える勢いとエンターテインメント性を持った一作として、終始楽しめた作品。