キャサリンコールター 『失踪』

失踪 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)

 休暇を利用して、南北戦争時代の財宝が隠されている洞窟への探検をしていたFBI捜査官のルースは、洞窟の中で意識を失い、森の中で保安官のディックスに助けられます。一時的に記憶を失い自分自身のことすら思い出せなくなったルースは、ディックスと二人の息子が暮らす家に身を寄せますが、そんな彼女を狙って男たちが襲ってきます。一方、ルースの情報屋からの情報をもとに、FBI犯罪分析課の特別捜査官のサビッチとシャーロックは、彼らが行きつけの店に出入りするコメディアンを誘拐した老人と少女の二人組を追っていました。

 独立した二つの事件が同時進行するという様式は、シリーズの既刊作と同様のものですが、本作ではそのうちのひとつを、サビッチ&シャーロックのコンビではなく、女性捜査官のルースと現地の保安官ディックスに割り当てたことが特徴であり、次作への伏線という意味合いも兼ねられているのでしょう。
 サビッチ&シャーロックが主として追う誘拐事件は、サビッチに対する深い憎悪を向けて執拗な仕掛けをしてくるモージス・グレースと名乗る老人の不気味さが突出して際立ちます。そして対象的にルースとディックスが追う、地元の女子学生殺害に端を発する事件では、犯人とその周囲の複雑な人間模様が描かれることになります。ここでは容疑者たちは、誰も彼もが意味ありげな言動をして、中々本心を見せません。
 一方の事件では犯人との因縁は中々明らかにならないものの、犯人の存在は当初から明らかであり、次々に犯人が仕掛けてくる攻撃から逃れつつ犯人を追うという展開になります。そしてもう一方の事件では、姿の見えない犯人像を人間関係の中から解き明かしていくという、事件の犯人の立ち位置から見てもまた、本作で扱う2つの事件は実に対比的であると言えるでしょう。
 サビッチ&シャーロックサイドの事件に関しては、中々見えてこなかった過去の事件との繋がりの手がかりが、随所でもう少し示されていれば面白かったという気はしますが、それだけシリーズ過去の作品との意外なつながりが魅力的であったという見方も出来るのかもしれません。