貫井徳郎 『殺人症候群』

  • 『失踪症候群』『誘拐症候群』(再読のためカウントせず)

殺人症候群 (双葉文庫)

 症候群シリーズ三部作を続けて読みましたが、前二作、以前単品として読んだ時とはまた違った感慨が残りますね。
 現代の必殺仕事人的なコンセプトで繰り広げられる物語ですが、その一作一作の中の事件は、同時に「チーム」の中のメンバーの人物をくっきりと浮き彫りにする物語でもあります。
 中でもこの最終作を飾る『殺人症候群』は、前二作の倍以上のボリュームに見合うだけの重い話となっています。
 様々なところで取り沙汰される少年犯罪と少年法、あるいは精神鑑定によって被告に責任能力を問えない犯罪の問題点、まだまだ保護されない被害者の苦しみと復讐による救済、そして「悪」とは何かという犯罪の根源的な部分にまで踏み込み、紋切り型の勧善懲悪では割り切れない現代の闇を抉り出しています。
 いくつもの視点の物語が並行して進んでいるのですが、それらの持つ意味と位置付けが明確なため、混乱することも無くそれぞれの物語に感情移入していくことが出来ます。ですが、その感情移入が可能であるがために、ひとつの視点における「正義」は別の視点での「正義」と相反するものになってしまうジレンマがそこに描かれています。
 少年法の壁などに阻まれて法律で裁けない、しかも悔悛の色を見せない者を殺す「職業的殺人者」となる渉と響子。心臓移植によってしか助からない難病を持つ息子を抱え、移植される臓器を作り出すために事故を装ってドナーカードを持つ人間を殺す和子。謎の多い交通事故の裏に殺人の可能性を見つけて密かに捜査を続ける刑事の鏑木。そして「職業的殺人者」を止めるために警察の外部機構の「チーム」として環の命令を受けて動く原田と武藤。
 主にこの四者の視点が並行して描かれるのですが、そのどこにも自らも内包する「悪」というものに対して簡単には割り切れない苦悩が描かれています。
 これらのうちのひとつを取っても非常に重いテーマであるのに、その全てを絡ませてひとつの物語として結実させ、尚且つちょっとしたミステリ的な仕掛けも楽しめるということで、本作は様々なところで「力作」と評されているのに相応しい作品だと感じさせられました。
 重いテーマなだけに最終的には後味の悪さも残しますが、三部作を通して描かれた「チーム」の人間たちの行き着いたそれぞれの結末も含め、非常に重厚な作品でした。