中野順一 『あがない』

あがない (徳間文庫)
 五歳の少年の恭平が母親に言う、「ほんとうのおうちに行きたい」という言葉。半信半疑ながらに話を聞くうちに、どうやら少年には生まれ変わる前の前世の記憶が残っているのかもしれないと言われます。そしてまた、六年前に心臓移植を受けた杏奈は、彼女を救ってくれたドナーの家族に会ってお礼の言葉を告げることを切望します。生まれ変わりの記憶を持つ少年と、心臓移植によって新たな人生を歩みだした杏奈は、六年前に起こった殺人事件の真相を手繰り寄せてしまいます。

 序盤から中盤過ぎまで、殺された記憶を持つ少年が前世の自分に関わることで展開する、六年前の殺人事件絡みの顛末は、特に大きなサプライズもないままに、やや直線的に話が進みます。ですがそこから、その間宙に浮いたようになっていたもうひとつの伏線が徐々に重要な役割を持ってくるという二段構えの構造によって、物語は全ての伏線を回収した結末へと落ち着くことになります。
 また、妻もある成人男性だった前世の記憶を持つ少年のアンバランスさ、さらには少年の母親の葛藤や妻だった女性の複雑で切実な想念、そして移植を受けて新たな人生を得た杏奈の強い意思など、登場人物全てが無理なく描かれます。
 こうした人物の書き込みによって、生まれ変わりという非現実的な要素の取り扱いもまた作中で突飛な印象を受けることはありませんし、少年(の母親視点)サイド、臓器移植で新たな人生を得た杏奈のサイド、死んだ男の遺された妻のサイドの三者の視点が交わることで、各々の持つ真相への鍵が見えてくるという著者の意図は成功していると言えるでしょう。
 重いテーマを孕みながらも、十分にミステリという娯楽作品足りうる一作。