通学路で起こった殺人事件の目撃者となってしまった少年、暮林一樹は、彼の見た光景と他の証言との食い違いを警察に指摘されます。何事も徹底して考え抜かないと気がすまない彼は、たった一人の友人である夏川と話しているうちに、この事件の犯人はクラスメイトの少女、行宮美羽子ではないかという疑いを抱き始めます。ですが、その少女の身に危険が迫ったことから、事件は思いもよらない方向へと転がって行きます。
主人公の暮林少年は物事を突き詰めて考える能力を持ってはいるものの、彼を取り巻く社会の中ではその性向を持て余し気味となっています。そんな少年が事件を操る犯人の策略によって徐々に深みにはまり、著者があとがきで語っているように本作は少年が「探偵になる」物語となっています。
さらに本作は、探偵を翻弄する天才的な犯罪者を配置することで、魅力的なエンターテインメントを構築していると言えるでしょう。
ただし、本作におけるモリアーティ教授的な役割を担う「天才的な犯罪者」に関しては、敢えてその背景を多くは語らなかったことがマイナスに働いている部分も無きにしも非ずという印象も受けます。本作が「探偵」の生まれる瞬間までを克明に描いているがために、主人公以外に関しての書き込みが十全でないため、その人物の背景が見え難くリアリティに乏しかったということはあるかもしれません。
その一因として指摘できることとしては、描かれる少年少女の人物造詣が「いかにも」な空気を持っている割には掘り下げが浅く、思考や行動に対する説得力を十分に持ち得ていないのではないかという気がします。
ミステリとしての論理構築の部分に関しては、前半に出てくる証言の食い違いの解明は、シンプルでありながら論理的思考によってのみ導かれる合理的な解答として、実に綺麗な推理となっています。ただ、本書のターゲット層が必ずしも熟達したミステリ読みに設定されていないということはあるのでしょうが、論理的思考が事態を解決に導いていくという流れが前半で途切れてしまい、後半はトリッキーさが些か薄い物となってしまった辺りも、個人的には食い足りなさもありました。
とはいえ本書は、読者は本書の物語の後の「書かれざる物語」に思いを馳せてしまうという一点で、著者の思惑は達成されているのかもしれません。