『金田一耕助に捧ぐ九つの狂想曲』

金田一耕助に捧ぐ九つの狂想曲 (角川文庫)
 京極夏彦有栖川有栖小川勝己北森鴻栗本薫、柴田よしき、菅浩江服部まゆみ赤川次郎の、現代作家9人による金田一耕介・横溝正史へのオマージュ作品集。自身のシリーズとのコラボ的な作品から、横溝正史金田一シリーズの世界を忠実に再現しようとするものまで、各作家それぞれの個性的なアプローチによって描かれた競作集。

 京極夏彦の『無題』は、自身のシリーズ作品『陰摩羅鬼の瑕』に挿入される一場面であり、物語の語り手である関口と横溝正史との邂逅の一場面を描いています。本書の中では、栗本薫の『月光座−金田一耕介へのオマージュ−』も、自身のシリーズ作品内の登場人物との共演という形式を取っていますが、その印象やアプローチは全く異なったものになっていて、作家の個性を見ることが出来ていると言えるでしょう。
 有栖川有栖『キンダイチ先生の推理』は、岡山にある横溝正史が散歩の途中に座って作品の構想を練ったという「耕介石」にまつわる不可解な謎と、作中で起こった殺人事件を重ね合わせて構築した物語。謎解きのパズル性と物語の叙情が綺麗に合わさった一作となっています。
 小川勝巳『愛の遠近法的倒錯』は、事件に疲れた金田一耕介が、シリーズの脇役である久保銀造のもとに訪れて聞かされる、解決していると思われていた昔の事件の真相を解く物語。本書の中でも、原典である横溝正史の作品世界の空気を忠実に引き継いだ一作と言えるでしょう。小川勝巳の作品では『撓田村事件 iの遠近法的倒錯』という一作もあるので、そちらも読んでみたいところ。
 北森鴻の『ナマ猫邸事件』は、本書の中でも異彩を放つ『黒猫亭事件』へのオマージュというテーマで描かれたパロディ。いかにもなバカミスっぽさもあるものの、パズル要素には瑕疵は感じられず、著者の一面でもある力を抜け加減が出ている一作。
 栗本薫の『月光座−金田一耕介へのオマージュ−』は、かつて金田一耕介が解決したという事件に残された禍根から再び事件が…というもの。栗本薫のシリーズ探偵である伊集院大介とのコラボ作品であり、作者自身の生み出した名探偵と、偉大なる先達の作品への愛情が現れている一作と言えるでしょう。
 柴田よしき『鳥辺野の午後』では、女流作家である主人公が自身に降りかかった事件の顛末を、「成城の先生」に事件のネタを提供したという探偵が聞き、その事件の裏にあった複雑な感情的もつれを解き明かす物語。横溝正史金田一耕介シリーズを感じさせるものは、本書の中では比較的薄いという指摘は出来るものの、女性ならではの暗い感情が下敷きにある著者らしい一作となっています。
 菅浩江『雪花 散り花』は、愛人をしていた舞妓が、相手の男性を責めるようなことを言ったがゆえに自殺に追い込んでしまったのでは…と悩んで探偵事務所を訪れるという物語。金田一シリーズへのパロディ作品ですが、ほぼオリジナルの謎解きもの。
 服部まゆみの『松 竹 梅』も『黒猫亭事件』に登場する風間俊六が登場し、小川勝巳の『愛の遠近法的倒錯』と同様、原典世界に忠実なパスティーシュ作品。関係者のもらす謎の「とぎす殺し」という意味ありげな台詞使いなど、横溝正史的なガジェットも織り込まれており、さらには結末は女性作家ならではの「怖さ」がある作品に仕上がっています。
 赤川次郎の『闇夜にカラスが散歩する』は、列車に乗っていた主人公が人違いで話し掛けられたことによって、事件に巻き込まれるというもの。事件の真相には複雑でエンタメ性を含んだ仕掛けが施されており、遊び心たっぷりな著者らしさも感じさせる作品。