畠中恵 『明治・妖モダン』

明治・妖モダン
 明治に入って20年が過ぎ、街はアーク灯に照らされ、江戸の世にはそこに棲んでいた妖などの怪異な存在も一掃されたかのような時代。その半面で江戸とはまだ地続きの世の中、妖が起こしたと囁かれる事件の影には何があったのか。牛鍋屋の百木屋に集まる巡査の原田や滝は、かまいたちに襲われる者が現れる事件、わずかな間に成長していく身元不明の女の子など、不可解な事件に奔走します。

 同著者の『アイスクリン強し』と同時代の作品となりますが、あくまでも人間の世界における時代の激動と、そこに生きる人を描いた『アイスクリン強し』と本作とは、全く異なるアプローチの作品であると言えるでしょう。本作は人間の社会で起こる物語を描きながらも、物語のキモは、近代化が進んでいく世の中にあって、ひっそりとそこに紛れ込む妖を描くものとなっています。また、同じように妖という存在を描きながらも、そこでは常にユーモラスで情の通った物語を描き続ける『しゃばけ』シリーズとも異なり、本作においては人の中に紛れ込みながらも、本質的に人とは相容れない人外の妖という存在の怖さも描かれていると言えるでしょう。
 著者のこれまでの作品においては、あくまでも根底にあるのは人間の営みとその時代に生きる人々の心が温かい視線で描かれていたのに対し、本作ではそういった「情」の部分は、人外のものたちのどこか人と異なる条理に基づく視点でもって突き放した感があるようにも思います。そうした部分で、本作はこれまでの作品とは異なるアプローチが試みられており、またそれが一定の成果を出していると言えるでしょう。
 本作においては、人ならざる者たちが何故、どのようにして明治の世に紛れ込むことになったのかなどの、物語のバックボーンはほとんど描かれていませんが、今後シリーズ展開がされるのであれば、その辺りも少しずつ明かされるのではないかという期待がされます。
 近代化の途上だからこその、混沌に潜む暗がりを感じさせるような作品でした。